夕方、時々ピアノを弾くことがあるが、今日は時間が短かったので、Jazz ナンバーを何曲か弾いた。
何時ものように’Memories Of You”を弾いていて、何時もは亡き夫の事を思いながら弾いているのだけれど、今日は母の命日だということを思って弾いていたら、涙があふれ出て来た。 夫の時はなかったのに?
私は長女の所為か、余り母に甘えた経験は少ない。 逆に母が私に甘えていた気がする。 母が私の今の年齢のころには私は隣に引っ越してきていたし、その前も五反田に住んでいた私は度々両親を看に来ていた。 当時は、近かったし、車も運転していたので父のことなどで電話で呼び出されたり、真夜中に夫と行ったこともあった。
ただ、今思い出すと、後年母が大腸がんになり、手術をした後、もう少し優しく接してあげればよかったかな~と時々思う。 私にもそれには少しの言い訳もある。
私の後を追うように歩いてついてきた母のことを思う。 夜中にトイレに行く時、二・三段階段を踏み外した事を私に言えなかった、母を思う。 茶道に夢中で、どんなに厳しい天候でも、着物を着ていそいそと出かけていた母を思う。 母が亡くなった後、少し家から離れた所に住む方々が「何時もお母様とお歩るきになっていらっしゃつたけれど・・・、どうなさいました?」と聞かれて、涙ぐんだ私。
母が亡くなってしばらくの間、私の家の居間のドアーが換気扇の風圧で開くとき、母が夕食をとるため私宅へ遠慮深く入ってきた気がして、ドキッとしたものだった。
下の妹が「お参りにいけないので、彼女の家の母の写真に母のためにお茶を立てて供えるわ」と言ってくれた。 今宵は亡き母をしのんで私は、独り淋しく仏前に祈る。
0 コメント:
コメントを投稿