2013年4月22日月曜日

新手の詐欺?

  今日、昼食後、聞き覚えのない男性から電話があった。  「イトウーフサコさんですね?」といきなり言う。  わたしの名前は英子と書いて「ふさ子」と読む。   おなじみでない方は、いきなり「ふさ子」と言ってくださることは絶対ない。  怪訝に多いながらも失礼があってはいけないと、慎重に応対する。  その男性は「イトウ・フサコさんですね?と言い、先日お届けしたお品を、引き取らせていただきたいと思ってお電話しました」と言う。  私は最近受け取った荷物はないので「はあ?」と応対する。 そして、「あなたのおっしゃっている意味が分かりませんし、最近荷物を受け取ったことはありません!」と少し強く応じた。 自分一人で考えてみるのも気味が悪いので、ご近所のお友達のところへ急いで行って、ご主人様にも立ち会っていただいて事情を話した。 ご夫妻で家に来ていただいたけれども、その後電話はなかった。 新手の詐欺か?  目的は何?    後で、いろいろ考えてみたら、前の週、聞き覚えのない男性から電話があって「こちら、大田区役所の者ですが、伊藤さんのお名前は、エイコさん、とお呼びするのでしょうか?ヒデコさんでしょうか?と問い合わせがあった。  その時来客中だったので「フサコです」と答えた。  後で何のために?と尋ねたおけばよかった。  今頃何?と思ったが、大したことではない、と忘れていた。  気にすれば気になることなので、明日久が原出張所、か軽鎖圧の届けようか?と思っている。  

2013年4月4日木曜日

買い物途中で・・・

  ほとんど毎日の様に、私は千鳥町駅近くのサミット・ストアーに買い物に行くことにしている。  その途中に亡き父がお願いしていた理髪店があり、時々その店主と会うことがある。 今日も池上線の踏切あたりで、その店主と踏切待ちをしていた。  いつもは挨拶をするだけなのだけれど、電車の通過待ちに少し時間がかかって、「お父様が亡くなられてから、何年になりますか?」と話しかけてきた。  私はすぐには返事が出来なかった。  「お父様はえらい方だったのですね?」とその店主は言った。  久が原に移ってきたころは、新日鉄を退職して新日鉄系列の日本電気冶金の社長をしていたはず。  父はきっと駅そばのその理髪店が気に入って通っていて、いろいろ世間話をしていたのだろう。  話のついでに聞いてみたら、その店主は北九州出身だという。  北九州では、特に戦前には日本製鉄所は神様みたいな存在だった。  製鉄所の社宅は、所長宅、次長宅、1丁目から8丁目まで、階級制度がはっきりしていて、私と弟、上の妹は5丁目社宅で生まれた。 上の妹が生まれる前に父は課長に昇進していたので8帖の離れ部屋が建て増しされて上の妹はそこで生まれた。  北九州出身のその店主は亡き父とそんな話をしながら整髪をしていただいていたのだろう。    (疲れたので、続きはいずれ・・・。

2013年3月31日日曜日

独り暮らし

この辺りは、ほとんどが一戸建てで、お子様があっても、仕事の都合で地方に住んでいられる方もあって、一人暮らしの方が増えている。  80歳過ぎても、毎日の食事のための買い物は、坂を下りて駅近くのスーパー・マーケットまで10分くらいは歩かなければならない。

御多分に漏れず、この私も、大分前に車の運転を止めたし、自転車にも乗れないので、少なくども、二日に一日はコロコロ手車を引っ張って出かける。  今日はあまり買い物がないから・・・などと手ぶらで行くと、スーパーのレジ袋を提げて、坂の途中でため息をついて一休み。  以前、近くに住む方に偶然会って、自転車に荷物を載せていただいたり、近所の顔見知りの中年男性に家まで持ってて来ていただいたことも、車で来ましたからと家まで送っていただいたこともあったっけ、余りきょろきょろとそんなことを当てにして歩いているのもかなりみっともないと、年を重ねたことを、認めたくない淋しい私がいる。  独り暮らしはいろんな意味で大変なのよ!と叫んでみても詮無いこと。


 

2013年3月18日月曜日

病は気から

世に”病は気から・・・”と言う格言?みたいな言葉がある。   
昨年暮れから私は、その言葉だけでは解決できない’病’の状況に陥った。

昨年、12月、かかりつけの内科医の先生に血液、尿の検査をお願いしたところ、「尿に血液が見られます」との主治医の話で、直ぐ、翌日の12月7日に五反田のNTT東日本病院に行った。  この病院は私が以前五反田に住んでいたことと、私のゴルフの先生がその頃の逓信病院のお医者様たちと同じだったせいで特に皮膚科の部長先生と私はブービー賞を分けあうゴルフ友達だったので何となく信頼感もあって少しややこしい病状の時は(昔の)逓信病院今のNTT東日本関東病院に行くことにしていた。

昨年、実は一週間ほど、入院して膀胱の腫瘍を摘出した。  膀胱の場合ほとんどが癌で、摘出してもまたできる可能性が高い・・・というコメントは医学書で読んで覚悟はしている。  

お正月を超え、周りに気を遣わせても・・・とは思いながらも隠し通せるものではなく、特に私は一人暮らし、同居する人もないし・・・・。  下の妹の援けを頼るしかないわけで、彼女の好意に甘えている次第。  

2013年1月6日日曜日

遅まきながら・・・

新年、明けましておめでとうございます!

昨年末、ぐずぐず過ごして、我ながら思い出したくない年末だった。
今年は、下の妹に誘われて、年末から新年を全日空ホテルで迎えることとなった。

こんなこともなかなかないだろうし、訊いてみるとホテル代もそんなに高くはなかった。  妹の次男の娘たち姉妹が私と同室に泊まることになったので、それも楽しいことだった。

大晦日には、年越しそばなどは期待できなかったけれど、何しろ皆で楽しく越年できるのは、ホントにうれしいことだった。  二人の王女様たちも、なんでも自分でできて私が世話を焼くことは何も無かった。 むしろ、彼女達は大ばばに気をつかってくれるようだった。

ホテルの越年には、特に頼まなければ年越しそばはなかったけれど、バイキング・スタイルの夕食で、品数も多くケッコウ満足!  何しろ大勢で迎える大晦日は一人暮らしの私にはホント嬉しいこと!

 
だだ、耳をすませても、近くにお寺がないせいか、どこからも除夜の鐘は聞こえなかった。  窓から外を眺めると、高速道路を何台かの車が音もなく走っているのが、これこそが‘、大都会の大晦日‘なのだろう。