今日は、以前五反田に住んでいた頃のお料理教室の生徒さんたちと二十年ぶりくらいでお会いすることになった。
その中のお一人がお母様の介護で落ち込んでいらっしゃるのを聞いて、皆で集まってお慰めや近況報告をし合おう、という次第。
そのグループは五人だったけれど、お一人は乳がんで三十歳以前で亡くなり、もう一方は新潟に住んでいらっしゃるので、私を含めて四人が揃った。 年上の私が最初に二子玉の高島屋の11階の’たん熊’に着いた。 丁度十一時半に入っていらっした三人ともが口を揃えて「先生、お若い!」と仰って下さった。 嬉しさ、恥ずかしさ半分。 今まで、そんなこと言われたことも無いので嬉しいのが強い。
それぞれのご近況を聞きたいのだけれど、お一人が話し出すと話しつずける恐れがあるので、私は以前の先生ぶりを発揮して、順番を代えて近況を伺った。 私のことについてはジムに通ったりパソコンをしたりブログを持っているという話に皆目を見張って感心してくださった。
三十台でご主人を亡くされ、二人のご子息を育て上げた方は今はご自分のお母様と同居なさって、ゴルフ三昧の生活をしていたっしゃる。 以前五反田でご近所だった方はたまブラーザに住んでいらっして、ご主人のご両親を看取られ、今はやさしいご主人とお嬢様と建て変えた家に住んでいらっしゃるとか・・・。 もう一人は結婚なさらずに
少し認知症のお母様とお二人で朝から晩までお掃除、お食事の支度に追われていらっしゃるらしい。 余り外にお出になれないので、いろいろ皆で教えてあげ、これからも時々お会いしなければね~?と話し合った。
そんなことを言っては申し訳ないかも知れないけれど、人生、何だかならしているのかな、と思われる。 それでも
皆まだ六十台なのだから、頑張って生きて欲しいと切に思う。
ところで、東急大井町線に昨日?から急行が通じ、私の乗換駅’旗の台’から二子玉まで停車駅が大岡山、自由が丘しか止まらないので、行きも帰りも急行に乗れてずい分早く着くことが出来た。
2008年3月31日月曜日
2008年3月30日日曜日
西武線の沿線の桜も綺麗でした
今日は芦屋から来た姪夫妻と原宿で待ち合わせて東大泉の易の先生の所へ行ってきた。 先生のところで突然ケーキ、豚汁、餅菓子などが出されたりするのでお昼は池袋駅で軽く頂いて西武線で東大泉まで・・・。
姪夫妻は先生お墨付きのよいカップルだということだった。 案の定、姪の夫が席に着くや否や、「おでこはひろいし、眉は濃いいし、人気ぼくろはあるし・・・と褒め言葉のあめあられ。 夫婦が埋めあって助け合ってこれからも幸せな家庭を築いていけるよう色々助言をして頂いて、二人とも満足しただろうと思う。
5時ごろそこを出たら予想より早く雨が降ってきた。 池袋でイタリアンの夕食をして、彼らは新幹線で帰途に着いた。
私は一人淋しく五反田でバスに乗ろうとしたら、前に並んでいた方が声をかけてこられた。 私の前にすわったその方は「私今ジムのかえりなの」「私89歳なんですよ」そしてその方は大岡山に住んでいると言い、私との共通点が二つ見付かった。 89歳でジムに通い今はプールで歩くだけだけれど、週に何回かプールで歩いている・・・という事は私もその年まで、若し生きていれば、ジム通いができるかなということ。 私は結婚前大岡山に住んでいたということでその方が中延で降りられるまで近頃の世情、若い人の生き方など話し合った。 バスをおりてもまだ雨は降っていたけれど、色々思いながら足取りは軽かった。
姪夫妻は先生お墨付きのよいカップルだということだった。 案の定、姪の夫が席に着くや否や、「おでこはひろいし、眉は濃いいし、人気ぼくろはあるし・・・と褒め言葉のあめあられ。 夫婦が埋めあって助け合ってこれからも幸せな家庭を築いていけるよう色々助言をして頂いて、二人とも満足しただろうと思う。
5時ごろそこを出たら予想より早く雨が降ってきた。 池袋でイタリアンの夕食をして、彼らは新幹線で帰途に着いた。
私は一人淋しく五反田でバスに乗ろうとしたら、前に並んでいた方が声をかけてこられた。 私の前にすわったその方は「私今ジムのかえりなの」「私89歳なんですよ」そしてその方は大岡山に住んでいると言い、私との共通点が二つ見付かった。 89歳でジムに通い今はプールで歩くだけだけれど、週に何回かプールで歩いている・・・という事は私もその年まで、若し生きていれば、ジム通いができるかなということ。 私は結婚前大岡山に住んでいたということでその方が中延で降りられるまで近頃の世情、若い人の生き方など話し合った。 バスをおりてもまだ雨は降っていたけれど、色々思いながら足取りは軽かった。
2008年3月28日金曜日
書道・書道展・買い物のお付き合い
今日は月二回の書道教室。 時間より少し早目に行ったけれど、先生はもういらっしていて、早速宿題を見ていただき、凄くよく書けているのでお家に貼っておいたら・・・とお褒めの言葉を頂いた。 今日はその後、色々予定があったので早目に退出。 もう一人の生徒さんも手を焼けどしたので・・・と早引け。 結局残る生徒さんは一人だけとなった。
一旦、帰宅してお昼をすませ、その脚で渋谷の東急本店で開かれているお友達の書道の展覧会を拝見しに行った。
思ったより沢山の出品作があって、力強い作、流れるような美しいかな文字など、さすが選ばれた方方の作品ばかりだった。 お友達の作品はなぜか何か懐かしさを感じた。 お友達が会場にいらっしてるはずだったけれど、お目にかからずに会場を出た。
東急本店から小型バスに乗って渋谷駅に行き、地下鉄で日本橋高島屋まで思ったほど時間がかからずに着いて、そこで京都の妹と合流、行きつけのブテックで何時ものように一人ファッションショウのお付き合いをしてあげた。 彼女は色々な行事やパーティに出なければならないので、まとめて何着か求めた。 殆どの洋服がポリエステルとかなのに驚いた。 軽くてしわになりにくいのだろう。 私のようにウールとか絹とかを好んで選ぶのは時代遅れなのかもね? 二人とも帰っても一人なので、高島屋の中で中華料理を頂いた。 驚いたことにほぼ100パーセントが女性のお客だった。
幸せなことに、帰り道心配したけれど、一雨降った後だったらしく無事帰宅した。
一旦、帰宅してお昼をすませ、その脚で渋谷の東急本店で開かれているお友達の書道の展覧会を拝見しに行った。
思ったより沢山の出品作があって、力強い作、流れるような美しいかな文字など、さすが選ばれた方方の作品ばかりだった。 お友達の作品はなぜか何か懐かしさを感じた。 お友達が会場にいらっしてるはずだったけれど、お目にかからずに会場を出た。
東急本店から小型バスに乗って渋谷駅に行き、地下鉄で日本橋高島屋まで思ったほど時間がかからずに着いて、そこで京都の妹と合流、行きつけのブテックで何時ものように一人ファッションショウのお付き合いをしてあげた。 彼女は色々な行事やパーティに出なければならないので、まとめて何着か求めた。 殆どの洋服がポリエステルとかなのに驚いた。 軽くてしわになりにくいのだろう。 私のようにウールとか絹とかを好んで選ぶのは時代遅れなのかもね? 二人とも帰っても一人なので、高島屋の中で中華料理を頂いた。 驚いたことにほぼ100パーセントが女性のお客だった。
幸せなことに、帰り道心配したけれど、一雨降った後だったらしく無事帰宅した。
2008年3月27日木曜日
買い物途中で・・・
午前中、ヨガの後少しスタジオでマシンで鍛えて帰宅、遅めの昼食後古新聞を自治会物置に運んで、午後二時前に家を出たところで、一人の男性が私の出てくるのを待っていらっしゃるようだったので、道を尋ねたいのだろうと思ったら「園田さんのお姉さまですか?」と訊ねられた。 「そうですけれど・・・」と返事をしながら訝った。 確か昨日も家の前を通られ、余り見かけない方だな~と思っていた。 中中のナイスガイ中年過ぎと言った感じの方だった。 「川辺?ですが」とその方は応えられた。 私は記憶の歯車を回して、直ぐに思い出した。 下の妹の学生時代のお友達で、慶応ボーイでその頃もカッコウよく、確かあちらが妹に気があった。 五反田の私の家にも来られたこともあった。 しばらく妹のことなどと彼の近況を伺った。 彼はここから五分くらいの所に住んでいらっしゃるということだった。 無論ここの家の壊される前の家をご存知のはず。
その方と分かれて少し歩いたところでお嬢様とお孫さんと犬を連れた方に会ってまた少しお話し、五歩くらい歩いたら、私の後任の副会長と私より大分お年上のご近所の方に久しぶりお会いして、ご挨拶して少し立ち話。 桜を見ようと少し遠回りしたら、ご門のところから声を掛けられて、また十分くらい世間話と健康問題のことの相談ごとのアドバイスをしてあげる。
スーパーマーケットまでの道の遠いこと・・・。 買い物をして、ようやく家に向かいお茶しようと重い荷物を引きながら歩いてきたら、曲がり角で、家の前の会長さんとバッタリ会って、自治会の話をおよそ三十分、午後二時に家を出てから帰宅したのは午後四時過ぎ。
お天気がよいので皆のんびりして立ち話をなさりたかったのでしょうね。 でも私は少し予定が狂いました。
その方と分かれて少し歩いたところでお嬢様とお孫さんと犬を連れた方に会ってまた少しお話し、五歩くらい歩いたら、私の後任の副会長と私より大分お年上のご近所の方に久しぶりお会いして、ご挨拶して少し立ち話。 桜を見ようと少し遠回りしたら、ご門のところから声を掛けられて、また十分くらい世間話と健康問題のことの相談ごとのアドバイスをしてあげる。
スーパーマーケットまでの道の遠いこと・・・。 買い物をして、ようやく家に向かいお茶しようと重い荷物を引きながら歩いてきたら、曲がり角で、家の前の会長さんとバッタリ会って、自治会の話をおよそ三十分、午後二時に家を出てから帰宅したのは午後四時過ぎ。
お天気がよいので皆のんびりして立ち話をなさりたかったのでしょうね。 でも私は少し予定が狂いました。
2008年3月26日水曜日
熱海に一泊旅行をしてきました
雨模様だつたけれど、月曜日妹に誘われて英里ちゃんとママと里彩ちゃんの五人で熱海に行った。 英里ちゃんの幼稚園入園祝いということだった。 英里ちゃんのママの運転で、それでも午後三時過ぎには旅館に着き、先ず理彩ちゃんの二歳のお祝いを、妹持参の少し小さいバースデーケーキに二本の蝋燭を立てて、分からないながら理彩ちゃんは食べることを気にしながら吹き消し、得意そうに声をあげて笑っていた。
その後、ママは見事に二人の幼児を操りながらプールで水遊び、泳げない妹と私はただむしろそのインストラクターぶりをあきれながら感心して見学。 次に行った大浴場からは海が美しく見下ろせた。 妹が和食を予約していてくれて、春らしい懐石料理を楽しんだけれど二人の幼児たちは子供の料理の盛り合わせで、ウインナーソーセージの奪い合いをしていた。 時間の経つのが早くて、忽ちお休みの時間が来てしまう。
翌朝はレストランでのバイキング。 これは何処も同じ感じ。 そういえば私は日本の旅テルに泊ったのは久しぶり、外国のホテルよりサービスなどは行き届いている気がした。 チップも払わずに十分なサービスと笑顔がある。
熱海も以前に比べて街も賑やかさを少し取り戻した感じがしたが、子連の遊び場所は余りない。 仕方なくMOA美術館に行ってみたが生憎浮世絵が展示してあって、英里ちゃんに遊女の説明などしたけれど分かったかな?
その後熱海の町で回転寿司の店などを探したが、見当たらずとりあえずお寿司を頂いて、山の上のほうにある公園に行った。 私をはずした四人は沢山の階段を上って上まで行って少し遊んできた。 日の暮が大分遅くなったので、明るいうちに熱海を出ることが出来た。 もう少しおちびちゃん達と遊びたかったかな?
こうして楽しい日は忽ち過ぎてしまった。
その後、ママは見事に二人の幼児を操りながらプールで水遊び、泳げない妹と私はただむしろそのインストラクターぶりをあきれながら感心して見学。 次に行った大浴場からは海が美しく見下ろせた。 妹が和食を予約していてくれて、春らしい懐石料理を楽しんだけれど二人の幼児たちは子供の料理の盛り合わせで、ウインナーソーセージの奪い合いをしていた。 時間の経つのが早くて、忽ちお休みの時間が来てしまう。
翌朝はレストランでのバイキング。 これは何処も同じ感じ。 そういえば私は日本の旅テルに泊ったのは久しぶり、外国のホテルよりサービスなどは行き届いている気がした。 チップも払わずに十分なサービスと笑顔がある。
熱海も以前に比べて街も賑やかさを少し取り戻した感じがしたが、子連の遊び場所は余りない。 仕方なくMOA美術館に行ってみたが生憎浮世絵が展示してあって、英里ちゃんに遊女の説明などしたけれど分かったかな?
その後熱海の町で回転寿司の店などを探したが、見当たらずとりあえずお寿司を頂いて、山の上のほうにある公園に行った。 私をはずした四人は沢山の階段を上って上まで行って少し遊んできた。 日の暮が大分遅くなったので、明るいうちに熱海を出ることが出来た。 もう少しおちびちゃん達と遊びたかったかな?
こうして楽しい日は忽ち過ぎてしまった。
2008年3月23日日曜日
春の休日散歩
英美ちゃんに誘われて、二子玉近くの「静嘉堂」という美術館に国宝級のお茶碗を拝見に行った。
今日はお天気も良かったので、途中の電車も普段とは違ったくつろいだ感じがあった。 面白かったのは、池上線に乗ったとき、若いパパが2,3歳くらいの男の子を乳母車に乗せて乗り込んできた。 池上線はワンマンで運転をしているので車内アナウンスで「この電車はワンマン運転でございます」と放送されてるのを聞いて、その子はパパに「パパ、わんわん運転じゃ、危ないね?」と可愛いことを訊ねた。 「大丈夫だよ」とそのパパは応えていたが、私はもっと詳しく説明すべきだ・・・と思った。 この子は多分犬が運転していると錯覚を起こしたに違いなかった。
「静嘉堂」は二子玉からバスで6つ目のところにあった。 バスはその停留所でがら空きになった・・・という事は殆ど美術館に行くためのお客だった。 昔は何方かのお屋敷だったのだろうか、しばらく山道を上ると、大正時代か昭和初期に建てられたと思われる古い建物があった。
展覧しているものは主に江戸時代17,8世紀の天目茶碗で、英美と話し合ったのは、天目茶碗は地味なものだと思っていたけれど、飾ってあったものは華やかな色彩のものも多かったし天目台も’ツイシュ’などが目立った。 茶碗の中には仁清作などのものもあった。 私は、むしろ説明書の最後に書いてあった「岩崎家所蔵」とか岩崎家ー静嘉堂と言う文字が気になった。 それにしても、古い時代のものがこうして立派な形で残っていることは有難いことだと思った。
今日はお天気も良かったので、途中の電車も普段とは違ったくつろいだ感じがあった。 面白かったのは、池上線に乗ったとき、若いパパが2,3歳くらいの男の子を乳母車に乗せて乗り込んできた。 池上線はワンマンで運転をしているので車内アナウンスで「この電車はワンマン運転でございます」と放送されてるのを聞いて、その子はパパに「パパ、わんわん運転じゃ、危ないね?」と可愛いことを訊ねた。 「大丈夫だよ」とそのパパは応えていたが、私はもっと詳しく説明すべきだ・・・と思った。 この子は多分犬が運転していると錯覚を起こしたに違いなかった。
「静嘉堂」は二子玉からバスで6つ目のところにあった。 バスはその停留所でがら空きになった・・・という事は殆ど美術館に行くためのお客だった。 昔は何方かのお屋敷だったのだろうか、しばらく山道を上ると、大正時代か昭和初期に建てられたと思われる古い建物があった。
展覧しているものは主に江戸時代17,8世紀の天目茶碗で、英美と話し合ったのは、天目茶碗は地味なものだと思っていたけれど、飾ってあったものは華やかな色彩のものも多かったし天目台も’ツイシュ’などが目立った。 茶碗の中には仁清作などのものもあった。 私は、むしろ説明書の最後に書いてあった「岩崎家所蔵」とか岩崎家ー静嘉堂と言う文字が気になった。 それにしても、古い時代のものがこうして立派な形で残っていることは有難いことだと思った。
2008年3月21日金曜日
お彼岸なのに
今日はお彼岸の最中だけれど、下の妹と一緒に東大泉の易の先生の所へ伺った。 私は先日、上の妹と私自身の今年気をつけることなども伺っていたので特に妹夫妻のことを傍聴?しただけだったけれど、先生はいつも私が一緒に行って間に立って色々ご節介?を焼くのを望んでいらっしゃるし、ある程度客観的な立場で助言もするので、「貴女も来てよ」と必ず仰る。
私もここの所、というか、お彼岸になると気になっていることを恐る恐る伺ってみた。 ・・・・というのは、春と秋のお彼岸の頃になるとヨガ教室でも、スタジオでも「明日は夫のほうのお墓、翌日は私の実家のお墓に行くのよ」と殆どの方が話していらっしゃる。 私は少し後ろめたさを感じながら「お墓は何処?」と訊ねるとケッコウ遠かったりする。
そこで先生に正直に私は、夫の墓所は多磨墓地で、以前車を運転している頃は一時間半かけて墓所に行き、御参りをしていたけれど、今は一人になったし、同行者もないので、秋のお彼岸だけは夫方の甥に運転してもらって行くようにしているけれど、気になっていると話したら「お墓参りをしても、その帰りに皆で楽しんだり何処かへ寄ったりしては意味がない」と言うことと「貴女はご仏壇を預かって毎朝お水を上げて、拝んでいるからそれでいいのよ!」と言われて、肩の荷が下りた気がした。 私はどんなに忙しくても、朝早く出かけなければならないときも必ずご仏壇に御参りは欠かさない。 そして決まったお念仏を二つの仏壇に唱えている。
先生がお茶と牡丹餅を出してくださったので、仏様にまだ牡丹餅をお供えしていなかったことを思い出した。 「これをお供えすればいいのよ」と先生が仰って下さった。
私もここの所、というか、お彼岸になると気になっていることを恐る恐る伺ってみた。 ・・・・というのは、春と秋のお彼岸の頃になるとヨガ教室でも、スタジオでも「明日は夫のほうのお墓、翌日は私の実家のお墓に行くのよ」と殆どの方が話していらっしゃる。 私は少し後ろめたさを感じながら「お墓は何処?」と訊ねるとケッコウ遠かったりする。
そこで先生に正直に私は、夫の墓所は多磨墓地で、以前車を運転している頃は一時間半かけて墓所に行き、御参りをしていたけれど、今は一人になったし、同行者もないので、秋のお彼岸だけは夫方の甥に運転してもらって行くようにしているけれど、気になっていると話したら「お墓参りをしても、その帰りに皆で楽しんだり何処かへ寄ったりしては意味がない」と言うことと「貴女はご仏壇を預かって毎朝お水を上げて、拝んでいるからそれでいいのよ!」と言われて、肩の荷が下りた気がした。 私はどんなに忙しくても、朝早く出かけなければならないときも必ずご仏壇に御参りは欠かさない。 そして決まったお念仏を二つの仏壇に唱えている。
先生がお茶と牡丹餅を出してくださったので、仏様にまだ牡丹餅をお供えしていなかったことを思い出した。 「これをお供えすればいいのよ」と先生が仰って下さった。
2008年3月18日火曜日
’東京大空襲’を見て
昨夜、日本テレビの開局55年記念ドラマ ’東京大空襲’を見た。
あの日のことは時々このブログで書いているように私はその頃板橋に住んでいて、遠くから真っ赤な空を見ていた。
まことに不謹慎なことにその頃あんな修羅場がその下であったことは戦後浅草あたりに住んでいた方方から伺って始めて知ったことだった。 あのとうりで、生きていたことが不思議だ・・・とお二人の方から伺った。 河のほうへ逃げろ、と言われて逃げたが、河は人で一杯だったそうで、川の水は熱かったとか。
だだ、その当時女学生だった私がアノ画を見て、まず違和感を感じたのは髪型・・・。 当時、男性は皆、老いも若きも丸坊主だった。 館ひろしさんの扮する警察官?などは長髪はありえないこと。 長髪の人は兵役検査に不合格だった、当時結核などを患っていたほんの一部の人たちだけだった。 その方たちは’非国民’と言われていた。
{映画撮影」だったとしたら、許されないことだろう。 最後まで私には気になったことだった。
なんとしても、罪もない多くの人たちが犠牲になったということは、時々思うのだけれど、原爆を落とされたことと非戦闘員が数多く犠牲になったことに対して、アメリカを恨むとか償いをしてもらうことを要求することはしないのか?これは戦争に負けたからなのか? それともあるフランス人が言っていたように「日本人はあっさりしていすぎる。フランス人は決してドイツ人を許さない」というのは、そうかな~と思う。
改めて、空襲で犠牲になった多くの方方に心からのご冥福をお祈りさせていただきます。
あの日のことは時々このブログで書いているように私はその頃板橋に住んでいて、遠くから真っ赤な空を見ていた。
まことに不謹慎なことにその頃あんな修羅場がその下であったことは戦後浅草あたりに住んでいた方方から伺って始めて知ったことだった。 あのとうりで、生きていたことが不思議だ・・・とお二人の方から伺った。 河のほうへ逃げろ、と言われて逃げたが、河は人で一杯だったそうで、川の水は熱かったとか。
だだ、その当時女学生だった私がアノ画を見て、まず違和感を感じたのは髪型・・・。 当時、男性は皆、老いも若きも丸坊主だった。 館ひろしさんの扮する警察官?などは長髪はありえないこと。 長髪の人は兵役検査に不合格だった、当時結核などを患っていたほんの一部の人たちだけだった。 その方たちは’非国民’と言われていた。
{映画撮影」だったとしたら、許されないことだろう。 最後まで私には気になったことだった。
なんとしても、罪もない多くの人たちが犠牲になったということは、時々思うのだけれど、原爆を落とされたことと非戦闘員が数多く犠牲になったことに対して、アメリカを恨むとか償いをしてもらうことを要求することはしないのか?これは戦争に負けたからなのか? それともあるフランス人が言っていたように「日本人はあっさりしていすぎる。フランス人は決してドイツ人を許さない」というのは、そうかな~と思う。
改めて、空襲で犠牲になった多くの方方に心からのご冥福をお祈りさせていただきます。
2008年3月15日土曜日
もう、’春’と言ってもいいのよね?
先夜の雷は家を揺るがすほどのもので、この辺りは高台の所為か、雷がよく落ちるので、一人で震えていた。 「ピシャン!」と言う音がした時などは、これは多分テレビのアンテナに落ちたに違いないと思ったりした。
あんなに大きな雷が鳴ったのだから、もう春が来た・・・と言ってもいいのよね? ところが我が家では洗面所の下が水漏れで廊下の方まで沁みてきて、慌ててご近所の建築店に来ていただくようお願いして、すぐ処理にあたってくださったのだけれど、結論を出すまで二日もかかってしまい、洗面台を取り替える様に言われて、20万円もかかるかも知れないとのことで、それこそどうしよう、と金策を考え始めていたら、近所の建築屋さんが、応急の処置を頼んでくださり、とりあえずは、あ~あよかった!
今朝7時ごろ起きて東側の雨戸を開けたら、斜め前のお宅の垣根沿いにバスより大きい車が止まっていた。 「何?」ああ、そうだ先日「15日か16日にご近所でCFを撮るのでご迷惑を掛けますがよろしく」というチラシが入っていたのを思い出した。 ジムに行く時、側を通ったらそこら中人がいて通り抜けるのもママならぬ様子。 そこは年の功で、「こちら通り抜けていいですか?」と言い、辺りを見ながら、ご近所の家の表札が「赤坂太郎」に変わっていたのとか、若い男女が犬を抱いて立っていたのを見た。
驚いたことにジムで健美操とスタジオでトレイニングをしての帰り道、まだそのCF撮影はつずいていた。 大変ね~。 しばらくして、ようやく終って引き上げていくスタッフ達の姿の惨めなこと・・・。 服装も、歩く姿も背を丸め、まるで浮浪者のよう。 こういう人たちに支えられて、ほんの短いコマーシャルが作られ、放映されているのだと思った。
あんなに大きな雷が鳴ったのだから、もう春が来た・・・と言ってもいいのよね? ところが我が家では洗面所の下が水漏れで廊下の方まで沁みてきて、慌ててご近所の建築店に来ていただくようお願いして、すぐ処理にあたってくださったのだけれど、結論を出すまで二日もかかってしまい、洗面台を取り替える様に言われて、20万円もかかるかも知れないとのことで、それこそどうしよう、と金策を考え始めていたら、近所の建築屋さんが、応急の処置を頼んでくださり、とりあえずは、あ~あよかった!
今朝7時ごろ起きて東側の雨戸を開けたら、斜め前のお宅の垣根沿いにバスより大きい車が止まっていた。 「何?」ああ、そうだ先日「15日か16日にご近所でCFを撮るのでご迷惑を掛けますがよろしく」というチラシが入っていたのを思い出した。 ジムに行く時、側を通ったらそこら中人がいて通り抜けるのもママならぬ様子。 そこは年の功で、「こちら通り抜けていいですか?」と言い、辺りを見ながら、ご近所の家の表札が「赤坂太郎」に変わっていたのとか、若い男女が犬を抱いて立っていたのを見た。
驚いたことにジムで健美操とスタジオでトレイニングをしての帰り道、まだそのCF撮影はつずいていた。 大変ね~。 しばらくして、ようやく終って引き上げていくスタッフ達の姿の惨めなこと・・・。 服装も、歩く姿も背を丸め、まるで浮浪者のよう。 こういう人たちに支えられて、ほんの短いコマーシャルが作られ、放映されているのだと思った。
2008年3月13日木曜日
色々な一日
昨年末、ご近所のお友達がお引越しされた。 突然だったことと、ご近所といろいろ面倒なことがあってのことだったし、私も言いようのない不快さをもったままのお別れだったので、思い出しては溜息をついていて、今空き地になってしまっている彼女の家の前を通るのを避けていた。
ところが三ヶ月経った今朝、突然彼女から電話がかってきて、こちらのほうへ来られるとの事で、お会いすることに無理やり決めた。 困ったことに丁度お約束をした時間ごろ、我が家の洗面所の水もりの工事の方がみえて、直ぐ済むはずの工事が意外に時間がかかって、しかも今日一日ではカタズかない様子。
そのお友達が私宅へ来てくださり、ず~っと私の中で解決しなかったことを彼女に話すことが出来たけれど、長いお付き合いのそのお友達が引越し以来肺炎になり、入院されていたとか・・・。会ってしまえば、そのこだわりもどうでもよくなってしまって、いろいろ積もる話を主に、聞いてあげた。 彼女はご家族もあるので、夕飯をご一緒できなくって、遠路はるばる・・・・だったのに、と申し訳なく思った。 考えてみたら4ヶ月ぶりのほっとしたことだったし、彼女もそう思っていられると思う。 午後9時丁度、お電話で今家に着いた、と報告があった。
ところが三ヶ月経った今朝、突然彼女から電話がかってきて、こちらのほうへ来られるとの事で、お会いすることに無理やり決めた。 困ったことに丁度お約束をした時間ごろ、我が家の洗面所の水もりの工事の方がみえて、直ぐ済むはずの工事が意外に時間がかかって、しかも今日一日ではカタズかない様子。
そのお友達が私宅へ来てくださり、ず~っと私の中で解決しなかったことを彼女に話すことが出来たけれど、長いお付き合いのそのお友達が引越し以来肺炎になり、入院されていたとか・・・。会ってしまえば、そのこだわりもどうでもよくなってしまって、いろいろ積もる話を主に、聞いてあげた。 彼女はご家族もあるので、夕飯をご一緒できなくって、遠路はるばる・・・・だったのに、と申し訳なく思った。 考えてみたら4ヶ月ぶりのほっとしたことだったし、彼女もそう思っていられると思う。 午後9時丁度、お電話で今家に着いた、と報告があった。
2008年3月11日火曜日
メリー・ウイドウズ
先日からの痛みが今度は背中にきて、ジムに行くのをよそうかと思ったけれど、暖かかったので思い切って出かけた。 インストラクターのKさんに色々指導していただき、背中の痛みを整える運動も教えいただいて帰宅後試したら、ずい分楽になったけれど、どうしてこんな痛みがアチコチ移動するのだろう?
昼食後、池上まで買い物に行くことにして、駅前のパン屋さん、オオゼキに寄り、バス停で洗足行きのバスを待っていたらご近所のWさんが少しお洒落なカッコウで私の後に並ばれ、もう少ししたら道を隔てた向こうのTさんも重そうなオオゼキの袋をもって見えた。 「今日はオオゼキのポイントが9倍なのよね」と一人が仰る。 行きがけは歩いてきたけれど、帰りはバスで帰ると言う。 バス料金が無料だから~・・・。 以前は歩いて帰ったわよね?・・・とこれも皆同じ考え。
三人とも未亡人。 お一人は大分若くて死別、その次は私、もう一人の方は3年前にご主人を亡くされた。
このあたりも未亡人が大分多くなってきた。 そして殆どの方が前向きに明るく、楽しそうに生きていらっしゃる。
中では私が一番年上なので、バスに荷物を持って乗るのを手伝ってくださり、笑いながらご一緒に「貴女の方がバス停に近い!」とか言いながらお別れした。 それだけのお付き合いでも楽しい一時。 三人とも独り暮らし・・・。
昼食後、池上まで買い物に行くことにして、駅前のパン屋さん、オオゼキに寄り、バス停で洗足行きのバスを待っていたらご近所のWさんが少しお洒落なカッコウで私の後に並ばれ、もう少ししたら道を隔てた向こうのTさんも重そうなオオゼキの袋をもって見えた。 「今日はオオゼキのポイントが9倍なのよね」と一人が仰る。 行きがけは歩いてきたけれど、帰りはバスで帰ると言う。 バス料金が無料だから~・・・。 以前は歩いて帰ったわよね?・・・とこれも皆同じ考え。
三人とも未亡人。 お一人は大分若くて死別、その次は私、もう一人の方は3年前にご主人を亡くされた。
このあたりも未亡人が大分多くなってきた。 そして殆どの方が前向きに明るく、楽しそうに生きていらっしゃる。
中では私が一番年上なので、バスに荷物を持って乗るのを手伝ってくださり、笑いながらご一緒に「貴女の方がバス停に近い!」とか言いながらお別れした。 それだけのお付き合いでも楽しい一時。 三人とも独り暮らし・・・。
2008年3月10日月曜日
下町散歩
ニューヨークから日本へ留学している英美と人形町で待ち合わせて、親子丼で有名な「玉ひで」で昼食をすることにした。 二人とも約束の時間より早めに人形町駅に着いたので、余り長く待たずに入店できた。 親子丼は大変庶民的な食べ物だけれど、鶏はしシシャモを使い卵も選んでいて半熟もいい具合。 でも、鶏の数は少し減った気がした。
玉ひでを出て近所の店を眺めながらしばらく歩き、水天宮まで行って、お参りをした。 英美にも神社の拝み方とお寺の拝礼の仕方を教えてあげた。 ただ、水天宮は安産の神様なので結婚していない彼女には少し早すぎたかな?
それから、しばらく考えて当初の予定通り浅草へ行くことにした。 だだ今日は今年になって初めて右足が痛んで階段の多い地下鉄は、私にとって可也辛いものがあった。 それでも始めは浅草寺に行き、時間も十分だったのと運良く天候も良かったので、西浅草でお茶した後、ふと思いついて河童橋に食器などを見に行った。 英美はお菓子作りなどもよくするし、私と同じ様に食いしん坊なので、キット興味を持ってくれると思ったら、案の定! お菓子作りに使う小さなステンレス製の型とか、私も欲しかった洒落た割り箸なども求め、又ステンレス製の三つそろいのボールなども大変安く買えたようだったが、さあ、どうやってニューヨークまで持って帰るのか? 後で考えよう・・・!?という感じだった。
浅草あたりも以前は、腰に注射してくださるお医者様があって、週に一回行っていたけれど、その先生が亡くなってから、何十年も行くことがなかったので、驚くほど変わっていた。 夕食をジムのお友達ご推薦のお寿司屋さん行こうと思ったが見当たらず、久しぶりで鰻をいただくことになって、帰りはゆっくり慣れ親しんだ道で帰宅。 脚は痛かったが楽しい一日となった。
玉ひでを出て近所の店を眺めながらしばらく歩き、水天宮まで行って、お参りをした。 英美にも神社の拝み方とお寺の拝礼の仕方を教えてあげた。 ただ、水天宮は安産の神様なので結婚していない彼女には少し早すぎたかな?
それから、しばらく考えて当初の予定通り浅草へ行くことにした。 だだ今日は今年になって初めて右足が痛んで階段の多い地下鉄は、私にとって可也辛いものがあった。 それでも始めは浅草寺に行き、時間も十分だったのと運良く天候も良かったので、西浅草でお茶した後、ふと思いついて河童橋に食器などを見に行った。 英美はお菓子作りなどもよくするし、私と同じ様に食いしん坊なので、キット興味を持ってくれると思ったら、案の定! お菓子作りに使う小さなステンレス製の型とか、私も欲しかった洒落た割り箸なども求め、又ステンレス製の三つそろいのボールなども大変安く買えたようだったが、さあ、どうやってニューヨークまで持って帰るのか? 後で考えよう・・・!?という感じだった。
浅草あたりも以前は、腰に注射してくださるお医者様があって、週に一回行っていたけれど、その先生が亡くなってから、何十年も行くことがなかったので、驚くほど変わっていた。 夕食をジムのお友達ご推薦のお寿司屋さん行こうと思ったが見当たらず、久しぶりで鰻をいただくことになって、帰りはゆっくり慣れ親しんだ道で帰宅。 脚は痛かったが楽しい一日となった。
2008年3月8日土曜日
日増しに暖かく・・・
ここの所一日ごとに暖かくなってきて、少し過ごし易くなってきた。 それなのに作日から腰に少し痛みを感じて、これは木曜日ヨガのときにムリな姿勢をとった所為かもしれない・・・と思った。 私は風邪を引かないと言ったら、風邪を引いてしまい、腰の痛さを感じたことがないと言ったら、腰が痛くなった。 これからは決して予感のような言葉を発するのは止そう・・・と心に誓った?
今日は健美操の日なので、又苦しい体型をとって、酷くなると困るな~と思ったが、多分よくなるに違いないと思って参加することにした。 今日は、インストラクターが花粉症予防のため、ラベンダー、ペパミント、ユーカリなど5種類のハーブをエッセンシヤル・オイルに溶いて綿にしませて持って来てくださる。 それをそれぞれのマットの上に置いて実技をする。 部屋中よい香りで満ち満ちてくる。 私の腰の痛みも次第に治まってきた気がした。
お友達の一人が、年をとったら花粉症には罹らないそうよと、 花粉症に罹るというのはお若いのよ! と嬉しがらせてくださる。 その勢いでジムにも行って軽くトレイニングをして、帰り道は腰の痛みも軽く従って足取りも軽くなってきたようだ。
今日は健美操の日なので、又苦しい体型をとって、酷くなると困るな~と思ったが、多分よくなるに違いないと思って参加することにした。 今日は、インストラクターが花粉症予防のため、ラベンダー、ペパミント、ユーカリなど5種類のハーブをエッセンシヤル・オイルに溶いて綿にしませて持って来てくださる。 それをそれぞれのマットの上に置いて実技をする。 部屋中よい香りで満ち満ちてくる。 私の腰の痛みも次第に治まってきた気がした。
お友達の一人が、年をとったら花粉症には罹らないそうよと、 花粉症に罹るというのはお若いのよ! と嬉しがらせてくださる。 その勢いでジムにも行って軽くトレイニングをして、帰り道は腰の痛みも軽く従って足取りも軽くなってきたようだ。
2008年3月7日金曜日
お稽古事
下の妹が母から受継いだ茶道を続けていて、この度いよいよ茶道表千家のお名前をいただくことになった、と言う。
何事にも一生懸命に取り組む妹は、易の先生にも相談して、私にも辞典で調べた名前を昨夜ファックスで送って来て意見を求められた。 お茶の場合は二字で上に必ず「宗」がつく。 日本の漢字にはそれ自体に意味を持つので、その意味も踏まえながら彼女は7~8ほどの名前を綺麗な字で書いてきた。 私もそれなりの意見は言ったけれど、決めるのはあくまで本人なので、反って混乱させても・・・と言う気もある。
私も結婚する前から華道、草月流の師範のお名前を頂いていたが、それは私の先生が決めてくださり、お家元のご承認を得て「静峯」という勿体無いようなお名前だった。 現代的だと思われている草月流でさえ、段階的に先生を通して、お家元にお納めする金額もママならず、教える生徒さんが10人以上は無ければ・・・・という感じがして又師範にも等級があり、私は最高の「顧問」を頂いていたが、やれ展覧会、師範だけの講習会が月、一回とかで安月給のサラリーマンの夫、しかもトテモお金使いの烈しい夫だったし、また技術面でもアノ頃は大型なものに挑戦する傾向があって、継続は難しくて、しばらくして辞めてしまった。 それでも私は一つ、師範の研究会で、お家元の勅使河原蒼風先生に「僕には、こういう風なのはいけられないなあ~、だだっ子みたいだ」とお褒めの言葉をいただいたことがあった。
何しろ日本古来のお稽古事はお金がかかること著しい。 特に茶道は古い伝統があるので、驚くばかり。 それも又お勉強の一つかもしれない。
何事にも一生懸命に取り組む妹は、易の先生にも相談して、私にも辞典で調べた名前を昨夜ファックスで送って来て意見を求められた。 お茶の場合は二字で上に必ず「宗」がつく。 日本の漢字にはそれ自体に意味を持つので、その意味も踏まえながら彼女は7~8ほどの名前を綺麗な字で書いてきた。 私もそれなりの意見は言ったけれど、決めるのはあくまで本人なので、反って混乱させても・・・と言う気もある。
私も結婚する前から華道、草月流の師範のお名前を頂いていたが、それは私の先生が決めてくださり、お家元のご承認を得て「静峯」という勿体無いようなお名前だった。 現代的だと思われている草月流でさえ、段階的に先生を通して、お家元にお納めする金額もママならず、教える生徒さんが10人以上は無ければ・・・・という感じがして又師範にも等級があり、私は最高の「顧問」を頂いていたが、やれ展覧会、師範だけの講習会が月、一回とかで安月給のサラリーマンの夫、しかもトテモお金使いの烈しい夫だったし、また技術面でもアノ頃は大型なものに挑戦する傾向があって、継続は難しくて、しばらくして辞めてしまった。 それでも私は一つ、師範の研究会で、お家元の勅使河原蒼風先生に「僕には、こういう風なのはいけられないなあ~、だだっ子みたいだ」とお褒めの言葉をいただいたことがあった。
何しろ日本古来のお稽古事はお金がかかること著しい。 特に茶道は古い伝統があるので、驚くばかり。 それも又お勉強の一つかもしれない。
2008年3月5日水曜日
親の介護も大変
以前、お料理を教えていた生徒さん達からの年賀状に、お母様とかお姑さんの介護で大変だと書いてあったので、それぞれにお電話をしてみた。 そのお一人は舅、姑の介護に長いこと尽くされ、ホンとに文字どおり、ようやく見送られたが、最終的に施設にお預けになったとか・・・。
もう一人は、60歳になられると聞いて驚いたけれど、結婚もなさらないまま今はお母様の介護に取り組み中で、昨年末から、ご自分の塾の先生の仕事も惜しまれながらも辞めて、介護に明け暮れしているとのこと。 私の声を聞いて「あ、先生のお声だ!」と懐かしさに声を詰まらせていらっしゃるようだった。
その当時の生徒さんたちのお母様、お姑さんたちが85歳くらいになられて、ボケ状態になられる方も多いようだ。 そして、大多数の方方はお身内を施設に預けられることが、そう恥ずかしいことでもなくなって来たことは、むしろ良い傾向だと思う。 そうしなければ、共倒れになったり、鬱になったりして不幸になる。 彼女は一人で余りにも苦しくて、お腹に包丁を当てたこともある・・・と仰った。 私は聞こえなかった振りをしたけれど、充分その苦しさは理解できた。 「お母様は貴女のことトテモ可愛がっていらっしたじゃない?」と私はさりげなく言った。
偶に、ショート・ステイをお願いすることが出来るとのコトなので、その日にもう一人の方ともども「お慰め、元気ずけるために、お会いする日を決めた。
もう一人は、60歳になられると聞いて驚いたけれど、結婚もなさらないまま今はお母様の介護に取り組み中で、昨年末から、ご自分の塾の先生の仕事も惜しまれながらも辞めて、介護に明け暮れしているとのこと。 私の声を聞いて「あ、先生のお声だ!」と懐かしさに声を詰まらせていらっしゃるようだった。
その当時の生徒さんたちのお母様、お姑さんたちが85歳くらいになられて、ボケ状態になられる方も多いようだ。 そして、大多数の方方はお身内を施設に預けられることが、そう恥ずかしいことでもなくなって来たことは、むしろ良い傾向だと思う。 そうしなければ、共倒れになったり、鬱になったりして不幸になる。 彼女は一人で余りにも苦しくて、お腹に包丁を当てたこともある・・・と仰った。 私は聞こえなかった振りをしたけれど、充分その苦しさは理解できた。 「お母様は貴女のことトテモ可愛がっていらっしたじゃない?」と私はさりげなく言った。
偶に、ショート・ステイをお願いすることが出来るとのコトなので、その日にもう一人の方ともども「お慰め、元気ずけるために、お会いする日を決めた。
2008年3月4日火曜日
ちょっと、ショック!
最近、年だから、年だから・・・という台詞が多くなった気がして、認めたくない、言いたくないと強がってみるが、毎日のように思い知らされることが増えてきた。 体力、記憶力の減退が著しい、その上持久力もないこともそれにプラスする。
今日もジムに行って、私のスポーツシャツが、他の方のに比べて少し長すぎると思い、家にもどってから、裾を少し切り落として短くし様と思い立ち、久しぶりでミシンを出した。 糸の通し方、下糸の巻き方などはすんなり思い出せたけれど、針目が揃わない。 すなわち中中真っ直ぐ縫えないのだ。 15,6年前には下手ながらスーツ、コートまで仕立てたのに・・・。 こんなはずではなかった。 シャツを何枚か直そうと思っていたが、諦めた。
少し流行おくれでも(最近はウエストギリギリの長さの物が多い)私はお腹が隠れる程度の長さでないと、可也みっともない・・・から仕方がない・・・と結論ずける。 その辺の自分への妥協は忽ち出来る。
亡くなった母はトテモ字が上手で、お祝い、お悔やみの名前を筆で書くのをお願いしていたけれど、後年は自分で書いたほうが・・・と思ったりした。 それと同じ? いいえ、私の場合、しばらくミシン使わなかった所為ですよねぇ?
今日もジムに行って、私のスポーツシャツが、他の方のに比べて少し長すぎると思い、家にもどってから、裾を少し切り落として短くし様と思い立ち、久しぶりでミシンを出した。 糸の通し方、下糸の巻き方などはすんなり思い出せたけれど、針目が揃わない。 すなわち中中真っ直ぐ縫えないのだ。 15,6年前には下手ながらスーツ、コートまで仕立てたのに・・・。 こんなはずではなかった。 シャツを何枚か直そうと思っていたが、諦めた。
少し流行おくれでも(最近はウエストギリギリの長さの物が多い)私はお腹が隠れる程度の長さでないと、可也みっともない・・・から仕方がない・・・と結論ずける。 その辺の自分への妥協は忽ち出来る。
亡くなった母はトテモ字が上手で、お祝い、お悔やみの名前を筆で書くのをお願いしていたけれど、後年は自分で書いたほうが・・・と思ったりした。 それと同じ? いいえ、私の場合、しばらくミシン使わなかった所為ですよねぇ?
2008年3月2日日曜日
家にばかり居ると・・・
少し行動範囲を拡げると、疲れてしまう・・・・ということだけけではなく、風邪がどうやらよくなったと思ったら引きつずき今度は花粉症らしい症状に悩まされ始めた。 家にばかりいると別の意味?で疲れてしまうので、一昨日と昨日は近くのお友達を訪ねた。 昨日は、もう二年以上もも前から自治会の役員達を脅かしていることについてのその後を伺いに少し離れたお友達の所へお邪魔した。 ボランティアで自治会のために尽くしていらっしゃる方方への意味不明の騒動には中中解決のメドがつかない。 色々話しているうちに直ぐ時間がたってしまう。
日が長くなったセイか当然、日の入りが遅くなった。 そういえば日の出も早く、朝雨戸を開けながら気ずくことは、日の出の方向が少しずつ東に寄って来ているということ。 毎日、二階の南側の雨戸を開けるとき「あ~あ、こうやって冬が過ぎて、春になり直ぐ夏がくるのだな~と毎朝感じている。 そして、夫が二度目に入院した時、朝日が出た方向を今でもはっきり覚えている。
毎日、自分にある意味のカセを掛けながら、一日、一週間、一月、そして一年を過ごしている積り。 一人で過ごしていると、全部自分の時間であるけれど、過ごし方によってその一日がかなり無意味だったりすることがある。 今日が正にそう・・・・。 そこで、大分夜も更けて来たけれど、何か書いてみようと思った次第。
「つれずれなるままに・・・・」
日が長くなったセイか当然、日の入りが遅くなった。 そういえば日の出も早く、朝雨戸を開けながら気ずくことは、日の出の方向が少しずつ東に寄って来ているということ。 毎日、二階の南側の雨戸を開けるとき「あ~あ、こうやって冬が過ぎて、春になり直ぐ夏がくるのだな~と毎朝感じている。 そして、夫が二度目に入院した時、朝日が出た方向を今でもはっきり覚えている。
毎日、自分にある意味のカセを掛けながら、一日、一週間、一月、そして一年を過ごしている積り。 一人で過ごしていると、全部自分の時間であるけれど、過ごし方によってその一日がかなり無意味だったりすることがある。 今日が正にそう・・・・。 そこで、大分夜も更けて来たけれど、何か書いてみようと思った次第。
「つれずれなるままに・・・・」
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