昨年11月10日から二週間にわたり入院・手術した事について、生命保険会社に入院と手術の給付金を受ける手続をすることで、当事者の私がこんなにストレスを感じなければならないか、これは単に私が老齢化して理解力が鈍ったからたからだとは思いたくない。
とりあえず、担当医からの診断書を頂くのに三か月かかり、それを頂いてから保険会社指定の書類に必要事項を書き込み、保険会社に書類の確認のため電話してたしか、電話に出た事務員が私の保険ナンバーを確かめて「これは、出ないと思いますよ~、今担当者が席を外していますので、戻ってから聞いてお電話いたします」とのこと、それから待つこと4時間半、ようやく同じ事務員から、申し訳なさそうに「すみません、大丈夫だそうです」と私が尋ねた初めの質問はどうなったの?
とりあえず私は保険会社所定の請求用紙に必要事項を書き込み、医師の診断書(5400円)と退院証明書を同封して送付した。 もう投函してから、明日で一週間経つので多分書類は受け入れられたのだろう。 友人に話したら、何しろ保険会社は保険金を中々出したがらないのよ、勧誘する時は強引なのにね~とのこと。彼女の話によると、外資系の保険会社の方がスッキリと合理的だということ、御参考までに・・・・。
2010年2月28日日曜日
2010年2月21日日曜日
Kさんの四十九日法要
一月初旬に六十六歳という若さで亡くなられた妹の中学時代からの親友であり、私にとってはその後私の華道の生徒さん、料理の生徒さんでもあり、お頼まれして、御結婚の御紹介をさせていただいた方でもあったKさん。
今では六十台での他界は余りにも早い。 彼女の夫も亡くなったのは六十九歳だった。 残された二人の御子息の御長男はお父様時代の病院を建て替えられて、現代風な医院にして開業なさり、弟さんは北海道で医院を開業されている。
彼女の菩提寺はご実家の墓地のある泉岳寺なので、ご葬儀と同じ泉岳寺での四十九日の法要と納骨の儀が行われた。 お二人の御立派に成長された御子息が亡き母上のために、十分すぎるほど御立派なご葬儀、しかも私どもまで参加させていただいた七・七日法要をなされたことは子のない私にはホントに羨ましいこと。
そのあとホテルの中華レストランで精進落としの会食に招いてくださり、皆で、それこそ亡き彼女の思い出ばなしが、つきなかった。 その上彼女の亡きご主人が周りの皆さま方にトテモ愛されていらっしたことも分かって、余りにも早いお二方の他界にも、なにかほっとする~というか周りの方々のお話のように、お二方があの世で再び逢って、いらっしゃるのかもしれない~と少し安心した。
皆様とお別れして妹とそのお友だちのお一人と久しぶりでお茶を飲みながら、何年か前亡き彼女と妹、その友人との三人に私がお料理をお教えしていた、あの頃が一番お幸せだったんじゃない? という事は私にとっても幸せな時だったのかな~と思い、なつかしんだ。
今では六十台での他界は余りにも早い。 彼女の夫も亡くなったのは六十九歳だった。 残された二人の御子息の御長男はお父様時代の病院を建て替えられて、現代風な医院にして開業なさり、弟さんは北海道で医院を開業されている。
彼女の菩提寺はご実家の墓地のある泉岳寺なので、ご葬儀と同じ泉岳寺での四十九日の法要と納骨の儀が行われた。 お二人の御立派に成長された御子息が亡き母上のために、十分すぎるほど御立派なご葬儀、しかも私どもまで参加させていただいた七・七日法要をなされたことは子のない私にはホントに羨ましいこと。
そのあとホテルの中華レストランで精進落としの会食に招いてくださり、皆で、それこそ亡き彼女の思い出ばなしが、つきなかった。 その上彼女の亡きご主人が周りの皆さま方にトテモ愛されていらっしたことも分かって、余りにも早いお二方の他界にも、なにかほっとする~というか周りの方々のお話のように、お二方があの世で再び逢って、いらっしゃるのかもしれない~と少し安心した。
皆様とお別れして妹とそのお友だちのお一人と久しぶりでお茶を飲みながら、何年か前亡き彼女と妹、その友人との三人に私がお料理をお教えしていた、あの頃が一番お幸せだったんじゃない? という事は私にとっても幸せな時だったのかな~と思い、なつかしんだ。
2010年2月16日火曜日
新しいヨーガ
何年間か親しんでいたアイカワ・ヨーガ教室が私が入院していたころ撤退して? がっかり、どの教室も可也ハードに見えて、お友だちとも相談して、今日のお昼過ぎ、という少し半端な時刻だけれど、今日初めて出てみた。 アイカワ式は最初足指まわしから始まって可也ゆったりした感じのものだった。
今日のヨーガは一つのポーズが可也長く、少しせっかち気味の私は堪えるのが大変なのと、ポーズも可也ハードだった。 インストラクターはお友だちも仰っていたけれど、若くて、きれいで、優しい方のようで、多分30人くらいの会員の中では私が一番年長だと見た。
四つんばいになって、右手をあげ、バランスをとりながら、左足をあげる。 多分10秒くらいのポーズだけれど、ずいぶん長い。 このポーズはどうやら右横の鏡を見ながら、出来た。 私の苦手はバランス。 転ぶといけないので、そのポーズの時はお休み。 インストラクターが側に来て「もう、いいですよ」と声をかけて下さる。 決して無理をしないように・・・と時々言ってくださる。 恥をかいても・・・と自分に言い聞かせながらついて行く。
一時間、という時間も私には適当。 インストラクターが、終わって部屋を出るとき「又、いらっしてくださいね」とやさしく声を掛けてくださった。 出来るだけ続けてみよう。
今日のヨーガは一つのポーズが可也長く、少しせっかち気味の私は堪えるのが大変なのと、ポーズも可也ハードだった。 インストラクターはお友だちも仰っていたけれど、若くて、きれいで、優しい方のようで、多分30人くらいの会員の中では私が一番年長だと見た。
四つんばいになって、右手をあげ、バランスをとりながら、左足をあげる。 多分10秒くらいのポーズだけれど、ずいぶん長い。 このポーズはどうやら右横の鏡を見ながら、出来た。 私の苦手はバランス。 転ぶといけないので、そのポーズの時はお休み。 インストラクターが側に来て「もう、いいですよ」と声をかけて下さる。 決して無理をしないように・・・と時々言ってくださる。 恥をかいても・・・と自分に言い聞かせながらついて行く。
一時間、という時間も私には適当。 インストラクターが、終わって部屋を出るとき「又、いらっしてくださいね」とやさしく声を掛けてくださった。 出来るだけ続けてみよう。
2010年2月13日土曜日
Memories Of You
夕方、時々ピアノを弾くことがあるが、今日は時間が短かったので、Jazz ナンバーを何曲か弾いた。
何時ものように’Memories Of You”を弾いていて、何時もは亡き夫の事を思いながら弾いているのだけれど、今日は母の命日だということを思って弾いていたら、涙があふれ出て来た。 夫の時はなかったのに?
私は長女の所為か、余り母に甘えた経験は少ない。 逆に母が私に甘えていた気がする。 母が私の今の年齢のころには私は隣に引っ越してきていたし、その前も五反田に住んでいた私は度々両親を看に来ていた。 当時は、近かったし、車も運転していたので父のことなどで電話で呼び出されたり、真夜中に夫と行ったこともあった。
ただ、今思い出すと、後年母が大腸がんになり、手術をした後、もう少し優しく接してあげればよかったかな~と時々思う。 私にもそれには少しの言い訳もある。
私の後を追うように歩いてついてきた母のことを思う。 夜中にトイレに行く時、二・三段階段を踏み外した事を私に言えなかった、母を思う。 茶道に夢中で、どんなに厳しい天候でも、着物を着ていそいそと出かけていた母を思う。 母が亡くなった後、少し家から離れた所に住む方々が「何時もお母様とお歩るきになっていらっしゃつたけれど・・・、どうなさいました?」と聞かれて、涙ぐんだ私。
母が亡くなってしばらくの間、私の家の居間のドアーが換気扇の風圧で開くとき、母が夕食をとるため私宅へ遠慮深く入ってきた気がして、ドキッとしたものだった。
下の妹が「お参りにいけないので、彼女の家の母の写真に母のためにお茶を立てて供えるわ」と言ってくれた。 今宵は亡き母をしのんで私は、独り淋しく仏前に祈る。
何時ものように’Memories Of You”を弾いていて、何時もは亡き夫の事を思いながら弾いているのだけれど、今日は母の命日だということを思って弾いていたら、涙があふれ出て来た。 夫の時はなかったのに?
私は長女の所為か、余り母に甘えた経験は少ない。 逆に母が私に甘えていた気がする。 母が私の今の年齢のころには私は隣に引っ越してきていたし、その前も五反田に住んでいた私は度々両親を看に来ていた。 当時は、近かったし、車も運転していたので父のことなどで電話で呼び出されたり、真夜中に夫と行ったこともあった。
ただ、今思い出すと、後年母が大腸がんになり、手術をした後、もう少し優しく接してあげればよかったかな~と時々思う。 私にもそれには少しの言い訳もある。
私の後を追うように歩いてついてきた母のことを思う。 夜中にトイレに行く時、二・三段階段を踏み外した事を私に言えなかった、母を思う。 茶道に夢中で、どんなに厳しい天候でも、着物を着ていそいそと出かけていた母を思う。 母が亡くなった後、少し家から離れた所に住む方々が「何時もお母様とお歩るきになっていらっしゃつたけれど・・・、どうなさいました?」と聞かれて、涙ぐんだ私。
母が亡くなってしばらくの間、私の家の居間のドアーが換気扇の風圧で開くとき、母が夕食をとるため私宅へ遠慮深く入ってきた気がして、ドキッとしたものだった。
下の妹が「お参りにいけないので、彼女の家の母の写真に母のためにお茶を立てて供えるわ」と言ってくれた。 今宵は亡き母をしのんで私は、独り淋しく仏前に祈る。
2010年2月11日木曜日
寒さの所為?
今日は世間は休日。 相変わらず前の道路は車も人も通らない、静か。
一週間くらい前、首から肩にかけて、こちこちにはっていて、それは多分ストレスによるものだ、と思っていた。
一昨日から、その張りが忘れたようにすっきりして、よかった!と思っていた。 今日は少し寒いけれど、考えながら、恐る恐るジムに行った。 入院以前よりマシンも軽めにして自分では控え目に、ひかえめに・・と用心しているつもり。 何しろお友だちとお話しできるということも、私にとっては楽しい時間なのだ。
帰宅して、しばらくしたら、何となく肩が張っているのを感じた。 夕方になったら首のあたりが痛くなってサロンパスを貼って少し楽になった。 そこで考えたのは、寒い時に出かける時は私の嫌いな、マフラー、スカーフを巻いて行く・・・。 下の妹が口を酸っぱくして言ってくれるように・・・・。 自分で悟らなければ・・・と反省!
暖かくなったら痛みがない、ということは?やっぱり冷えているわけ?
今日ジムで千鳥町付近にマッサージのよいところがあるので、いらっしたら? 家の近くの一歳年上のお友だちもいっていらっしゃるとか・・・。
何しろ、この町はマッサージの店と美容院の多い町。 年よりが多いってことよ、とお友だちの話。
一週間くらい前、首から肩にかけて、こちこちにはっていて、それは多分ストレスによるものだ、と思っていた。
一昨日から、その張りが忘れたようにすっきりして、よかった!と思っていた。 今日は少し寒いけれど、考えながら、恐る恐るジムに行った。 入院以前よりマシンも軽めにして自分では控え目に、ひかえめに・・と用心しているつもり。 何しろお友だちとお話しできるということも、私にとっては楽しい時間なのだ。
帰宅して、しばらくしたら、何となく肩が張っているのを感じた。 夕方になったら首のあたりが痛くなってサロンパスを貼って少し楽になった。 そこで考えたのは、寒い時に出かける時は私の嫌いな、マフラー、スカーフを巻いて行く・・・。 下の妹が口を酸っぱくして言ってくれるように・・・・。 自分で悟らなければ・・・と反省!
暖かくなったら痛みがない、ということは?やっぱり冷えているわけ?
今日ジムで千鳥町付近にマッサージのよいところがあるので、いらっしたら? 家の近くの一歳年上のお友だちもいっていらっしゃるとか・・・。
何しろ、この町はマッサージの店と美容院の多い町。 年よりが多いってことよ、とお友だちの話。
2010年2月10日水曜日
案ずるよりは・・・・
14日の料理教室のメニューを作ろうとして、メニューからワードを開こうとしたら、いつの間にか表紙のメニューのタグが消えていた。 もうひとつ、ブログ、メールを打つ時、文字が飛んで、そのたびに訳が分からず、いらいらしていた。 それはこのパソコンを求めた時からのことだった。
無論、取り説、をよく読んで理解する、という作業を怠ったことの責任は私にある。 2日間色々いじくっていても、中々解決しない。 そこで、今日ようやく決心して、富士通のサポートに電話をかけてたずねることにした。 ジムから戻って昼食を終え、一大決心でかけてみた。 どうせ、30分くらいは待たせられるに違いない! と、覚悟を決めて、それでもパソコンは開いていた。 5分も経たないうちに、相手が出た。
相手の要求通り、カーソルを動かし、忽ちエクセルとワードのタグが表紙に出た。
もうひとつの’文字飛び‘はカーソルに洋服の袖が触るためだということで、パソコンについているカーソルを止める作業をして、マウスだけで操作する手はずを教えられた。 ものの、10分くらいで二つとも解決した。
このブログも字が飛び跳ねることなく無事に書くことが出来ている。 感謝!
無論、取り説、をよく読んで理解する、という作業を怠ったことの責任は私にある。 2日間色々いじくっていても、中々解決しない。 そこで、今日ようやく決心して、富士通のサポートに電話をかけてたずねることにした。 ジムから戻って昼食を終え、一大決心でかけてみた。 どうせ、30分くらいは待たせられるに違いない! と、覚悟を決めて、それでもパソコンは開いていた。 5分も経たないうちに、相手が出た。
相手の要求通り、カーソルを動かし、忽ちエクセルとワードのタグが表紙に出た。
もうひとつの’文字飛び‘はカーソルに洋服の袖が触るためだということで、パソコンについているカーソルを止める作業をして、マウスだけで操作する手はずを教えられた。 ものの、10分くらいで二つとも解決した。
このブログも字が飛び跳ねることなく無事に書くことが出来ている。 感謝!
2010年2月4日木曜日
節分も過ぎて
もう、明けてから一カ月が過ぎてしまった。 二月は逃げる・・・と昔からいわれているので、寒い寒いと言っているうちに、忽ち桜の季節になるだろう。
今年は大大台に乗るので、色々な意味で覚悟と言うか、あきらめと言うか、悲しみというかを年初から感じているところを、今朝、何時もの易の先生から「貴女は昨年末からの疲れがまだ取れてないので、時々気がついたら居眠りをしていることがあるでしょう?」・・・と言われた。 まさに仰る通り、時々ふっと気がつくと、4,5分居眠りをしていた自分がいる。
ジムでほんの一時間半くらいマシンを使っての運動とサイクリングマシンに30分乗り、そのほかに1時間余り近所に買い物に行くくらいの動きしかしていないのに? 特に突っ張っているわけではないけれど年を重ねて行くということを、わかっているけれど、認めたくない。
先日もジムで65歳の男性と話していて「私今年は80歳ですよ」と言ったら「お若いですね、とても、そうはみえませんね~」と言われて喜ぶなんて! 後で考えてなんだかみじめ。 80歳は80歳、確かに80年、この世にいるのだから・・・。
今年は大大台に乗るので、色々な意味で覚悟と言うか、あきらめと言うか、悲しみというかを年初から感じているところを、今朝、何時もの易の先生から「貴女は昨年末からの疲れがまだ取れてないので、時々気がついたら居眠りをしていることがあるでしょう?」・・・と言われた。 まさに仰る通り、時々ふっと気がつくと、4,5分居眠りをしていた自分がいる。
ジムでほんの一時間半くらいマシンを使っての運動とサイクリングマシンに30分乗り、そのほかに1時間余り近所に買い物に行くくらいの動きしかしていないのに? 特に突っ張っているわけではないけれど年を重ねて行くということを、わかっているけれど、認めたくない。
先日もジムで65歳の男性と話していて「私今年は80歳ですよ」と言ったら「お若いですね、とても、そうはみえませんね~」と言われて喜ぶなんて! 後で考えてなんだかみじめ。 80歳は80歳、確かに80年、この世にいるのだから・・・。
2010年2月2日火曜日
何だったのかしら?
京都の妹が夫と上京していて、渋谷の自宅ではなく帝国ホテルに泊まっていて、お昼を一緒にしないか?と言ってくれた。 下の妹も来るということで、11時ごろ家を出た。 最近、バス停にもう少し・・・というところで、五反田行きのバスが出てしまい、今日も10分以上バスを待つハメになった。
バスは空いていて、それでも下の段には席がなく上段の一番前に座った。 馬込近くまで来た頃、妙に胸のあたりがもぞもぞ気持ち悪くなってきた。 痛むというわけではなかったが、五反田に近ずくに従って、なおひどく、ざわざわしてきた。 バスを降りたら倒れるのではないかと思うほどだった。 一旦駅に向かって歩き出したが、ゆらゆらと揺れるようで、トテモ電車に乗って・・・という気がしなかったので、だけど、何としても妹達二人のところへ行った方がいいと判断して、タクシーを拾って、もしも急にヘンになったら、ここの病院、あそこの病院・・と自分で場所を確かめながら、運転手さんと車の話をしながら、話していると少し気が紛れて、ホテルに着いた。
余り心配をかけてはいけないと思ったけれど、状態を話したら、妹が心臓の貼り薬を持っているので、貼ってみたら?と言ってくれたので、トイレでそれを貼った。 食事をしている間もドキドキは回復しなかった。
話も半分上の空、上の妹が京都へ帰るので東京駅まで車で行くということで、便乗して東京駅で別れて、又ドキドキしながら京浜東北線で蒲田まで、そしてそこからタクシーで家まで・・・と決めた。 電車は快速で空いていたので、ホッとしながらタクシーで家に入ったら、ドキドキが治まった。
血圧を計ったけれど異常はなかった。 気分も特に悪くはなかった。 結論として考えたのは、寒冷、と年齢の所為だということ、独り暮らしであることのストレス・・・?
バスは空いていて、それでも下の段には席がなく上段の一番前に座った。 馬込近くまで来た頃、妙に胸のあたりがもぞもぞ気持ち悪くなってきた。 痛むというわけではなかったが、五反田に近ずくに従って、なおひどく、ざわざわしてきた。 バスを降りたら倒れるのではないかと思うほどだった。 一旦駅に向かって歩き出したが、ゆらゆらと揺れるようで、トテモ電車に乗って・・・という気がしなかったので、だけど、何としても妹達二人のところへ行った方がいいと判断して、タクシーを拾って、もしも急にヘンになったら、ここの病院、あそこの病院・・と自分で場所を確かめながら、運転手さんと車の話をしながら、話していると少し気が紛れて、ホテルに着いた。
余り心配をかけてはいけないと思ったけれど、状態を話したら、妹が心臓の貼り薬を持っているので、貼ってみたら?と言ってくれたので、トイレでそれを貼った。 食事をしている間もドキドキは回復しなかった。
話も半分上の空、上の妹が京都へ帰るので東京駅まで車で行くということで、便乗して東京駅で別れて、又ドキドキしながら京浜東北線で蒲田まで、そしてそこからタクシーで家まで・・・と決めた。 電車は快速で空いていたので、ホッとしながらタクシーで家に入ったら、ドキドキが治まった。
血圧を計ったけれど異常はなかった。 気分も特に悪くはなかった。 結論として考えたのは、寒冷、と年齢の所為だということ、独り暮らしであることのストレス・・・?
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