ようやく桜が咲き始めた。 寒さで咲くのを躊躇っていた桜の花も昨日辺りからようやく少しずつ色ずき、花を開き始めて来た。
私の家の屋根の修繕、玄関の板張りもようやく昨日完了した。 雨に祟られ屋根の修理も一日置きにしか作業ができなかったので、およそ一ヶ月掛ってしまった。 昨日は私のミスで送金出来なかった3000円を銀行に払込に行こうと思っていたら、自治会長が突然来宅、自治会でトラブッている裁判問題が勝訴したことと、自治会の次の会長をテレビなどにもお出になっている方の弟さんで、銀行にお勤めだった方にお願いしたとご報告があった。
今年の総会明けには以前のような楽しい自治会に戻れるよう心から祈る。 ようやく、色々解決してよい方に向かうことだろう。
ところで、家の修繕をすると色々な所が目立ってくる。 洗濯機も、洗面台も、ネズミに悩まされたガスレンジも・・・洗濯機はもう25年も使っていることになるのでこの際思い切って代えることにした。 ミサワの年若い青年Uさんも細かく丁寧に物事に当たって下さり、ガレージに掲げられていた看板も今日直ちに取外しに来てくださった。 色々お世話になりました。
2009年3月31日火曜日
2009年3月30日月曜日
萌彩ちゃん初めてのお目見え
昨日萌彩ちゃんが初めて我が家に来てくれた。 お天気も良かったので道路が混んで大変だったかと思ったが一時間少々でくることが出来たそうだった。
途中車の中で少し眠っていたようだったがご機嫌よくママに抱かれて家に入り両親と萌彩ちゃんの曹祖父母、と大伯父の仏壇にご挨拶。 その後私が前以て設えていたソフアーで作ったベッドに置かれあやしたら笑ってくれたり、右に左に忙しく寝返りを打ちたがったりしてそれが思うように出来ず右を向いたり左を向いたりしていた。
新米パパで休日オムツ代え責任者の甥も案外手際よくオムツを代えていて一安心。 私達が食事をしている間もおとなしくしていて、おっぱいが欲しくなって泣いただけ。 パパとママは細身なのに太ももなどもむっちり固太りで、元気そう、なにより、何より! ママもおっぱいの出もよく、私が気がつかないでいて申し訳なかったが、ケッコウお腹が空くようで、失礼致しました。 子供を持って初めて、家族といえるわけで、子供を持てなかった私は妹の孫達にかかわることが出来て、ありがたい事と思う。
又そのうち遊びに来てね!
途中車の中で少し眠っていたようだったがご機嫌よくママに抱かれて家に入り両親と萌彩ちゃんの曹祖父母、と大伯父の仏壇にご挨拶。 その後私が前以て設えていたソフアーで作ったベッドに置かれあやしたら笑ってくれたり、右に左に忙しく寝返りを打ちたがったりしてそれが思うように出来ず右を向いたり左を向いたりしていた。
新米パパで休日オムツ代え責任者の甥も案外手際よくオムツを代えていて一安心。 私達が食事をしている間もおとなしくしていて、おっぱいが欲しくなって泣いただけ。 パパとママは細身なのに太ももなどもむっちり固太りで、元気そう、なにより、何より! ママもおっぱいの出もよく、私が気がつかないでいて申し訳なかったが、ケッコウお腹が空くようで、失礼致しました。 子供を持って初めて、家族といえるわけで、子供を持てなかった私は妹の孫達にかかわることが出来て、ありがたい事と思う。
又そのうち遊びに来てね!
2009年3月28日土曜日
2009年3月26日木曜日
今年の運勢は?
前回のプログで、遊びに行った場所の字を間違えました。 私の書いた「朱鷺の棲みか」ではなく「時之木西」でした。 でも私の字の方が感じがいいでしょう?
ところで、昨日は、毎年節分過ぎた頃伺うことにしている大泉学園の易の先生に今年の運勢を占っていただきに行った。
私は独りボッチだと思っているが先生はいつも回りに人がついている・・・と仰る。 人の面倒見がよいため東奔西走する事が多いらしい。 今年は特に火の氣が強いので、火に注意するように言われた。 それに友人との別れがあるそうで、それも思い当たる。 金銭運はついているので心配ないとのこと。 書類、印鑑、保証人に、特に四月は気をつけることと、病は一旦良くなったことがぶり返すかもしれない? 何だろう? 不安。
南と東北には不浄なものを置かないように、という事は皆に言える事らしい。 年を重ねていくことは三半器官が当然衰えてくる。 物忘れ、勘違いなどが多くなって来て、自己嫌悪に陥る事が度々ある。 そういう時亡き母に厳しい言葉を浴びせた事を反省することも多い。
昨日御近所の母がお親しくさせていただいていた方がお彼岸のお供えをお持ち下さったが、出かける間際でおまいりしていただく事も出来ず失礼してしまった。 申し訳なく思う。
ところで、昨日は、毎年節分過ぎた頃伺うことにしている大泉学園の易の先生に今年の運勢を占っていただきに行った。
私は独りボッチだと思っているが先生はいつも回りに人がついている・・・と仰る。 人の面倒見がよいため東奔西走する事が多いらしい。 今年は特に火の氣が強いので、火に注意するように言われた。 それに友人との別れがあるそうで、それも思い当たる。 金銭運はついているので心配ないとのこと。 書類、印鑑、保証人に、特に四月は気をつけることと、病は一旦良くなったことがぶり返すかもしれない? 何だろう? 不安。
南と東北には不浄なものを置かないように、という事は皆に言える事らしい。 年を重ねていくことは三半器官が当然衰えてくる。 物忘れ、勘違いなどが多くなって来て、自己嫌悪に陥る事が度々ある。 そういう時亡き母に厳しい言葉を浴びせた事を反省することも多い。
昨日御近所の母がお親しくさせていただいていた方がお彼岸のお供えをお持ち下さったが、出かける間際でおまいりしていただく事も出来ず失礼してしまった。 申し訳なく思う。
2009年3月24日火曜日
英里ちゃん里彩ちゃん達と・・・
下の妹に誘われて十里木に行ってきた。 まだ少し寒そうなのと家の工事の一部がまだ未完成なので、少し躊躇していたが、中休みと言う事でお誘いに乗った。 何しろ英里ちゃんたちと時間の制限なしに遊べるのが嬉しかった。
妹と私は一日早めて行き、英里ちゃんと里彩ちゃんとママは翌日の夜に訪れた。 翌日は晴れたので、午前中は庭に見つけた土筆を英里ちゃんと摘んだ。 彼女は五歳児にしてはトテモ丁寧に摘んで後で、はかまも取ってくれた。 午後は富士急の人工雪のあるスキー場で親子三人でそりスキーを雪だらけではなく水に濡れながらそれでも楽しそうに過ごしていた。
翌日はパパも来て車で20分位のところにあるホテル兼スケート場、温泉もある広大な‘朱鷺の棲みか‘?という処へ行った。 パパとママと英里ちゃんはしばらくスケートを楽しみ、私達はホテルの周りにある売店で野菜、パンお菓子などを売っている店で楽しみ、皆で敷地を歩きながら一面に咲いているクリスマスロースの花盛りに驚きながら楽しんだ。 食事する所も点在していて、ヨーロッパ的なレストランで昼食を頂き温泉にも入ってずい分楽しむことが出来た。
翌日は朝から酷い雨模様で東京に戻るという甥一家を引き止めたかったけれど、無事帰宅したそうで一安心。 年をとった所為ばかりではなく?心配しすぎる傾向があるかな?
翌日は晴れたので、妹と私は洗濯におおわらわ。 洗濯物を干しながら、私はまだ沢山生えていた土筆を取ったり、掃除をしたりWBCの野球を見ながら興奮したりしたためか、妹の車でたまプラーザに着いたときは可也疲れた。
思いたくは無いけれど、年だなあ~。
妹と私は一日早めて行き、英里ちゃんと里彩ちゃんとママは翌日の夜に訪れた。 翌日は晴れたので、午前中は庭に見つけた土筆を英里ちゃんと摘んだ。 彼女は五歳児にしてはトテモ丁寧に摘んで後で、はかまも取ってくれた。 午後は富士急の人工雪のあるスキー場で親子三人でそりスキーを雪だらけではなく水に濡れながらそれでも楽しそうに過ごしていた。
翌日はパパも来て車で20分位のところにあるホテル兼スケート場、温泉もある広大な‘朱鷺の棲みか‘?という処へ行った。 パパとママと英里ちゃんはしばらくスケートを楽しみ、私達はホテルの周りにある売店で野菜、パンお菓子などを売っている店で楽しみ、皆で敷地を歩きながら一面に咲いているクリスマスロースの花盛りに驚きながら楽しんだ。 食事する所も点在していて、ヨーロッパ的なレストランで昼食を頂き温泉にも入ってずい分楽しむことが出来た。
翌日は朝から酷い雨模様で東京に戻るという甥一家を引き止めたかったけれど、無事帰宅したそうで一安心。 年をとった所為ばかりではなく?心配しすぎる傾向があるかな?
翌日は晴れたので、妹と私は洗濯におおわらわ。 洗濯物を干しながら、私はまだ沢山生えていた土筆を取ったり、掃除をしたりWBCの野球を見ながら興奮したりしたためか、妹の車でたまプラーザに着いたときは可也疲れた。
思いたくは無いけれど、年だなあ~。
2009年3月18日水曜日
志村坂上
昨日の’ちい散歩’で志村坂上を歩くと言うので、最近のアノ辺りはどのような状況か興味をもって見た。
彼は先ず小豆沢辺りを歩き古い店を訪ねた。 私の印象に強く残っている小豆沢辺りはB29の来襲で焼け野原になっていて側を通りながら焼け焦げた異臭と多分その辺りには亡くなった方もあっただろうと思いながら歩いた記憶がある。
その頃私は埼玉県の戸田市に住んでいた。 志村坂上は、そこから東京と埼玉との境の戸田橋を渡って行くバスが出るところだった。(無論それは戦争後のこと)
地井さんが歩かれた志村坂上辺りは私が通り過ぎた50年以上も前の頃を思わせる処は見られたなった。 ただ一里塚はあったかな? 志村坂上から西台?のほうに30分以上も歩いて女学校時代のお友達をお訪ねした事も何度かあったけれど、それらしい坂道はあったように見えた。 その辺りは今はマンションが建っているのだろう。
アノ辺りは私にとってはいい思いでは少しも無い。 志村坂上で戸田橋方面まで行くバスを何時間も待って、待って遂に歩いて志村橋を越えて戸田橋を渡って家まで帰った辛い思い出だけが残る。 志村坂上まで歩いて更に学校まで歩いて行ったことも何度かある。 ただその道は赤土の山、ソコに掘られた防空壕、たんぽぽ、自然に咲く草花はもう一方で見た空襲下の焼け跡とは違って優しい自然だったと思う。
十年一昔というけれど、五十年以上も過ぎれば跡形もなく変わってしまうのも道理かなと改めて感じた次第。
彼は先ず小豆沢辺りを歩き古い店を訪ねた。 私の印象に強く残っている小豆沢辺りはB29の来襲で焼け野原になっていて側を通りながら焼け焦げた異臭と多分その辺りには亡くなった方もあっただろうと思いながら歩いた記憶がある。
その頃私は埼玉県の戸田市に住んでいた。 志村坂上は、そこから東京と埼玉との境の戸田橋を渡って行くバスが出るところだった。(無論それは戦争後のこと)
地井さんが歩かれた志村坂上辺りは私が通り過ぎた50年以上も前の頃を思わせる処は見られたなった。 ただ一里塚はあったかな? 志村坂上から西台?のほうに30分以上も歩いて女学校時代のお友達をお訪ねした事も何度かあったけれど、それらしい坂道はあったように見えた。 その辺りは今はマンションが建っているのだろう。
アノ辺りは私にとってはいい思いでは少しも無い。 志村坂上で戸田橋方面まで行くバスを何時間も待って、待って遂に歩いて志村橋を越えて戸田橋を渡って家まで帰った辛い思い出だけが残る。 志村坂上まで歩いて更に学校まで歩いて行ったことも何度かある。 ただその道は赤土の山、ソコに掘られた防空壕、たんぽぽ、自然に咲く草花はもう一方で見た空襲下の焼け跡とは違って優しい自然だったと思う。
十年一昔というけれど、五十年以上も過ぎれば跡形もなく変わってしまうのも道理かなと改めて感じた次第。
2009年3月11日水曜日
携帯電話
最近テレビで、私の使っているドコモの携帯の機種が「この電話をお持ちの方は、交換の際お店の方に御知らせください」と言っている。 何度か見ているうちにその三つの機種の一つが正に私の今使っている携帯電話に間違いない・・・と思った。
私の携帯電話には写真を撮る機能がついていないし、以前持っていたデジカメはニュジーランドの喫茶店に忘れてきてしまったので、私のホームページに写真を掲載する事が出来ないでいる。 先日私のブログに「もう少し写真を載せてください」と但し書きがはいったことがあった。 確かにニューヨーク在住の英美ちゃんのブログには沢山の写真が載せてあって、見て楽しく和む。
私はこれを機会に携帯を買い換えようと思って、気が変わらない中に・・・と今日、ジムに行く前に近くの電気店に行ってみた。 先客がいて一時間も待たされ、係りの方に私の希望を言い、私の今使っている携帯を見せた。 わけは分からないけれど、一万五千円の値引きだと言う。 「しめた!」大分徳する・・・と私は割りに高いものを選んだ。 丁度ジムで一時間過ごしている間に前のデーターを入れ替えてくれると、言うことでジムが終って取りに行った。
さあ、それからが大変! 機能が多すぎて手に負えそうも無い。 何時間も闘ってようやく電話とメールだけのやり方は分かった?・・・ようだ。 そのつずきは又明日誰かに助けていただくしかないかな?
私の携帯電話には写真を撮る機能がついていないし、以前持っていたデジカメはニュジーランドの喫茶店に忘れてきてしまったので、私のホームページに写真を掲載する事が出来ないでいる。 先日私のブログに「もう少し写真を載せてください」と但し書きがはいったことがあった。 確かにニューヨーク在住の英美ちゃんのブログには沢山の写真が載せてあって、見て楽しく和む。
私はこれを機会に携帯を買い換えようと思って、気が変わらない中に・・・と今日、ジムに行く前に近くの電気店に行ってみた。 先客がいて一時間も待たされ、係りの方に私の希望を言い、私の今使っている携帯を見せた。 わけは分からないけれど、一万五千円の値引きだと言う。 「しめた!」大分徳する・・・と私は割りに高いものを選んだ。 丁度ジムで一時間過ごしている間に前のデーターを入れ替えてくれると、言うことでジムが終って取りに行った。
さあ、それからが大変! 機能が多すぎて手に負えそうも無い。 何時間も闘ってようやく電話とメールだけのやり方は分かった?・・・ようだ。 そのつずきは又明日誰かに助けていただくしかないかな?
2009年3月10日火曜日
やっと、足場が取れました
この季節としては、運悪く一日おきに雨が降り、作業をする方達も気の毒だった。 それにしては手際よくはかどり、今日足場がとれた。 気になっていた小庭のクリスマスローズも元気に赤と白の花をつけていたし、バラの苗も無事だった。 少し離れた場所から家の屋根をみたら、コーディネーターのUさんが勧めて下さった屋根の緑が今までと違ってトテモ、モダンに感じられた。
昨日は何時ものジムのお友達の一人の誕生祝いを私宅ですることにした。 私が出にくいということで、持ち寄りにして、私は彼女のためにちらし寿司とおすまし汁をつくって、喜んでいただけた。 もう一人はマキシムのバースディ・ケーキを、あと一方はアレンジした果物とサツマイモとかぼちゃの従姉煮を作ってきてくださり、賑やかな時間を過ごした。 お誕生日の方は今度が55歳だと言う。 羨ましい事! 三人の中二人はお子さんが無い。 初めて聞いたのだけれど、二人とも筋腫の手術をなさったと言うことだった。
何ということなしに、過去の戦争の話になり、三人とも戦争の体験は無く、私だけが経験していたので話しにも熱が入り、あ、あ~こういう所謂、’語りべ’も必要なのだな~と思った。 私の経験した現実の話はほんの一部で、私自身は直接’死’とは向かい合う事は無かったが、当時14.5歳で経験させられた話は、お友達達を驚かせるのに充分な迫力を与えたようだった。
昨日は何時ものジムのお友達の一人の誕生祝いを私宅ですることにした。 私が出にくいということで、持ち寄りにして、私は彼女のためにちらし寿司とおすまし汁をつくって、喜んでいただけた。 もう一人はマキシムのバースディ・ケーキを、あと一方はアレンジした果物とサツマイモとかぼちゃの従姉煮を作ってきてくださり、賑やかな時間を過ごした。 お誕生日の方は今度が55歳だと言う。 羨ましい事! 三人の中二人はお子さんが無い。 初めて聞いたのだけれど、二人とも筋腫の手術をなさったと言うことだった。
何ということなしに、過去の戦争の話になり、三人とも戦争の体験は無く、私だけが経験していたので話しにも熱が入り、あ、あ~こういう所謂、’語りべ’も必要なのだな~と思った。 私の経験した現実の話はほんの一部で、私自身は直接’死’とは向かい合う事は無かったが、当時14.5歳で経験させられた話は、お友達達を驚かせるのに充分な迫力を与えたようだった。
2009年3月6日金曜日
防蟻工事って?
今日は朝から可也酷い雨。 雨でも防蟻工事は出来ます・・・という事で午前10時に工事の方が来て下さった。
ダイニングの床下収納庫から入って防蟻剤をまくので、二個ある収納庫から花梨の焼酎漬け、ガスコンロ、あまり使ってない鍋類など出してみて、その多さに吃驚! 捨てなければ!と反省しきり。
約束どおり十時に工事の方が来宅、直ぐに作業にとりかかった。 「杉の匂いがしますが、今は改良されていて、身体に危険ではありませんが、作業の間、お二階に上がっていてください」と言われて、二階で戸棚をカタズケ様と思ったけれど、あまりにも酷い雨なのでやる気がしない。
それより、どういう作業なのか気になる。 作業の方のお話しでは、先ず床下にもぐって見てシロアリに侵されてる所が無いか検査して、その後消毒液を注入すると言う。 特にお風呂場、玄関のタタキなど水を使うところの床、風呂場ではタイルのアチコチに小さな穴を開ける、そしてソコから薬剤を注入して、その小さな穴を後で埋めておきます、と言われた。
以前五反田に住んでいた頃、お風呂場にシロアリが出て、タイルを壊してみたら中の材木がスカスカになっていて、お風呂場と台所の一部をやり直して、可也の出費をした事があった。 前の家の門柱にシロアリが沢山発生していてそれが繁殖したようだったけれど、ホント気持ちの悪い思いと大きな出費をした。
よく、「シロアリの駆除をします」とかいう電話が掛ってきてだまされる人があると聞くが、簡単に床下の空気口から薬剤を撒くだけで、高額の料金をとることもあるらしい。 私は今日の職人さんの丁寧さに感服した。 ”ミサワ”が言うだけのことはあるかな?
十二時半ごろようやく作業が終った、というところに、京都の妹から電話があった。 納税のための必要書類を至急送ってくれ・・・という。 この酷い雨のなか? 仕方なく床下収納の整理を後回しにして、千鳥町の郵便局まで行った。 上から下までずぶぬれネズミ! 床下収納の作業は午後五時まで掛って終了。
ともかく「明日、天気にな~れ!」 今の度の修繕は雨に祟られどうし・・・! 作業の方も大変でしたね!?
ダイニングの床下収納庫から入って防蟻剤をまくので、二個ある収納庫から花梨の焼酎漬け、ガスコンロ、あまり使ってない鍋類など出してみて、その多さに吃驚! 捨てなければ!と反省しきり。
約束どおり十時に工事の方が来宅、直ぐに作業にとりかかった。 「杉の匂いがしますが、今は改良されていて、身体に危険ではありませんが、作業の間、お二階に上がっていてください」と言われて、二階で戸棚をカタズケ様と思ったけれど、あまりにも酷い雨なのでやる気がしない。
それより、どういう作業なのか気になる。 作業の方のお話しでは、先ず床下にもぐって見てシロアリに侵されてる所が無いか検査して、その後消毒液を注入すると言う。 特にお風呂場、玄関のタタキなど水を使うところの床、風呂場ではタイルのアチコチに小さな穴を開ける、そしてソコから薬剤を注入して、その小さな穴を後で埋めておきます、と言われた。
以前五反田に住んでいた頃、お風呂場にシロアリが出て、タイルを壊してみたら中の材木がスカスカになっていて、お風呂場と台所の一部をやり直して、可也の出費をした事があった。 前の家の門柱にシロアリが沢山発生していてそれが繁殖したようだったけれど、ホント気持ちの悪い思いと大きな出費をした。
よく、「シロアリの駆除をします」とかいう電話が掛ってきてだまされる人があると聞くが、簡単に床下の空気口から薬剤を撒くだけで、高額の料金をとることもあるらしい。 私は今日の職人さんの丁寧さに感服した。 ”ミサワ”が言うだけのことはあるかな?
十二時半ごろようやく作業が終った、というところに、京都の妹から電話があった。 納税のための必要書類を至急送ってくれ・・・という。 この酷い雨のなか? 仕方なく床下収納の整理を後回しにして、千鳥町の郵便局まで行った。 上から下までずぶぬれネズミ! 床下収納の作業は午後五時まで掛って終了。
ともかく「明日、天気にな~れ!」 今の度の修繕は雨に祟られどうし・・・! 作業の方も大変でしたね!?
2009年3月3日火曜日
長電話?
昨日から我が家のう屋根工事が始まり、先ず立派な足場が組まれ、午後にはそれに紗幕のような布が張り巡らされた。 工事の方達は皆丁寧で感じがいいのが嬉しいけれど、天気が定まらず、これは誰もどうしようもない。 でも易では2日か3日に着工となっているので、今日はムリにお願いし形をつけていただいた。
ところで、とりあえず家にいると、友人からの長電話に少し当惑している・・・と言っては申し訳ないけれど、私が屋根の工事中、と言ってもそれに反応はなさらず、ご自分のことばかり話しつずけられる。 殆どがご自分の体調のこと、足が痛いの、腸の手術をして、癌だと言われたけれど取ってみたら癌ではなかった・・・とか、私もお返事の仕様も無い。 1月のクラス会で私達の’星’で当日の幹事だった方がクラス会の前日高島屋で倒れられ、救急車で日大病院に運ばれ、そのご主人は私しかご存知ないので、私が連絡係になって、色々な方々への連絡口になったため、そのお問い合わせが時々来るのだ。
1時間半以上もお付き合いして話していたけれど、その中で気がついたことは、自画自賛になるけれど、私は普段若い世代の方とのお付き合いが多いので、判断力、記憶力がシッカリしているな、と感じた。 旧姓とその方の特徴が直ぐ言えること。 逆に普段若い方達と話していると中中出て来ない言葉などもするすると出る。 その方が考えていらっしゃるのがもどかしく思える。 しかもその方は学校時代は実にシッカリしていらっしたのに・・・。 要するに、殆どの方が、自分の周りの事しかお話にならない。 又、亡くなった方々の話をしていて、フト気ずいたことは、大方の方に言えることは、几帳面な方々が多い気がする。 今日もクラス会の日がご葬儀だったというお友達のご長女からのハガキでその方はキチンとした字を書かれ、普段のご生活も実にキッチリしていらっした。
80歳近くなつたわけだから、誰もが死を身近に考えないわけは無い。 そしてそのことだけは誰もが同等に考える事だけは確かな事だ。 今日もお友達と話した事は’死に方’の問題で、それは選ぶ事が出来ないから・・・と結論ずけた。
ところで、とりあえず家にいると、友人からの長電話に少し当惑している・・・と言っては申し訳ないけれど、私が屋根の工事中、と言ってもそれに反応はなさらず、ご自分のことばかり話しつずけられる。 殆どがご自分の体調のこと、足が痛いの、腸の手術をして、癌だと言われたけれど取ってみたら癌ではなかった・・・とか、私もお返事の仕様も無い。 1月のクラス会で私達の’星’で当日の幹事だった方がクラス会の前日高島屋で倒れられ、救急車で日大病院に運ばれ、そのご主人は私しかご存知ないので、私が連絡係になって、色々な方々への連絡口になったため、そのお問い合わせが時々来るのだ。
1時間半以上もお付き合いして話していたけれど、その中で気がついたことは、自画自賛になるけれど、私は普段若い世代の方とのお付き合いが多いので、判断力、記憶力がシッカリしているな、と感じた。 旧姓とその方の特徴が直ぐ言えること。 逆に普段若い方達と話していると中中出て来ない言葉などもするすると出る。 その方が考えていらっしゃるのがもどかしく思える。 しかもその方は学校時代は実にシッカリしていらっしたのに・・・。 要するに、殆どの方が、自分の周りの事しかお話にならない。 又、亡くなった方々の話をしていて、フト気ずいたことは、大方の方に言えることは、几帳面な方々が多い気がする。 今日もクラス会の日がご葬儀だったというお友達のご長女からのハガキでその方はキチンとした字を書かれ、普段のご生活も実にキッチリしていらっした。
80歳近くなつたわけだから、誰もが死を身近に考えないわけは無い。 そしてそのことだけは誰もが同等に考える事だけは確かな事だ。 今日もお友達と話した事は’死に方’の問題で、それは選ぶ事が出来ないから・・・と結論ずけた。
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