初めての甲府
先週の日曜日、下の妹が「夫が高校のクラス会で、長野県へ行くので、どっかに行かない?と誘ってくれ。、むろん私は毎日同じような暮らしをしていて退屈しているので、喜んで応じて「甲府へ行きたい!」と応じた。
妹はホテルの設定から行き帰りの乗車券など旅行社?のように調達してくれた。
有難いこと!
丁度先週の日曜日の事だけれど・・・。 朝から晴れ渡った上天気だった。
なぜ?即座に、甲府とこたえたかと言うと、実はまだ母が存命のころ、この自治会のバス旅行で甲府を選んだ時、私は熱をだして行けなくて、母が一人で参加して私の仲良しの友人が面倒を見てくれたという経緯がある。 それに、一泊として丁度良いと考えたから・・・。
朝、わりに早く出たので甲府に着いて県営?の広々とした会館で絵画を鑑賞。 多分、県が蒐集したものだろう、かなり見応えのあるものだった。
早目に、ホテルに入る。 ホテルの窓からは山並みの間に冠雪した富士山が見えた。 妹宅の十里木から見る富士山よりず~っと小さく、はるかに見えた。
温泉は天気のせいもあってトテモ込み合って、ゆっくりーと言うわけにはいかなかった。
懐石風の夕食は、≪思いがけ以上のもの、季節のものを取り入れ、地域のものもあり、盛り付けも感じがよく。サービスしてくれた女性の態度もよく、わりに厳しい私たちも満足した。
2012年10月28日日曜日
2012年10月15日月曜日
2012年10月14日日曜日
嘘のような本当の話 3
それ以前だったどうかはっきり覚えてはいないけれど、吉田様の奥様が「この間三島さんが家へいらっしたときに、お嬢様の事(私の事)お話したら、テレてソファーから落ちたのよ!」とか刺激的なことをおっしゃる。
でも、それ以上勧めてくださる気配もなく私もだんだんその気になってきて、呉服屋さんに話したら、「平岡家の電話番号を教えてくれて、あちら様は御承知ですから、奥様が電話なさったら」と言う。 私は実はその頃、トテモ結婚したい方があってほんの少しだけれど、その方への見せしめ?もあって、母に電話するように頼んだ。
でも、それ以上勧めてくださる気配もなく私もだんだんその気になってきて、呉服屋さんに話したら、「平岡家の電話番号を教えてくれて、あちら様は御承知ですから、奥様が電話なさったら」と言う。 私は実はその頃、トテモ結婚したい方があってほんの少しだけれど、その方への見せしめ?もあって、母に電話するように頼んだ。
2012年10月10日水曜日
2012年10月7日日曜日
嘘のような本当の話
これは、偶然のことなのか?
平岡(三島)さんのお宅は緑ヶ丘にあり、私宅は大岡山だった。 緑ヶ丘よりは大岡山の方が文字通り少し土地が高く、緑ヶ丘から大岡山に来る途中には草の茂った境があった。 何年か前、そのあたりへ行ってみたら、驚いたことに道でもなく今もそのままみいの状態だった。
三島さん宅はその頃はやりだったスピッツ犬を飼っていらっして、私宅は茶色の駄犬を飼っていた。 わたしはある日犬をひっぱってその坂を下りて行ったら、スピッツを連れた三島氏らしい方とすれ違いざま、スピッツが猛然と吠えかかった。 私は驚いたのと、私が連れている犬が駄犬なので、急いでその場を離れたかった。
三島氏に違いない方は「これ、これ!」と言いながら草むらの方へ犬と共に入り込んで私を通らせてくださった。 「有難うございます」と言いながら坂をおりながら、今に方は?三島さんに違いない・・・と思ったけれど、立ち止まることなく足早にその場を去った。
平岡(三島)さんのお宅は緑ヶ丘にあり、私宅は大岡山だった。 緑ヶ丘よりは大岡山の方が文字通り少し土地が高く、緑ヶ丘から大岡山に来る途中には草の茂った境があった。 何年か前、そのあたりへ行ってみたら、驚いたことに道でもなく今もそのままみいの状態だった。
三島さん宅はその頃はやりだったスピッツ犬を飼っていらっして、私宅は茶色の駄犬を飼っていた。 わたしはある日犬をひっぱってその坂を下りて行ったら、スピッツを連れた三島氏らしい方とすれ違いざま、スピッツが猛然と吠えかかった。 私は驚いたのと、私が連れている犬が駄犬なので、急いでその場を離れたかった。
三島氏に違いない方は「これ、これ!」と言いながら草むらの方へ犬と共に入り込んで私を通らせてくださった。 「有難うございます」と言いながら坂をおりながら、今に方は?三島さんに違いない・・・と思ったけれど、立ち止まることなく足早にその場を去った。
2012年10月5日金曜日
嘘のような本当の話 2
私の20代のころの話、は決して作り話ではない、とことわって・・・・しばらく、書きつずけることをためらったけれど、もう時効のこどだし、周りを傷つけることも無いと思うので書くことにした。
京都の呉服屋は三島家(平岡家)が緑ヶ丘にあり、私宅は大岡山だったので、平岡家から私宅へ寄っていた。 その呉服屋さんが私のお見合い写真と釣り書きとを平岡家にお届けして、お母上が文箱におさめていらっしゃる、とのことだった。
吉田健一様の奥様は面白半分に(その頃’鉢の木会’という大岡昇平さんとか若手の方々8人が毎月会合を持たれていた)、笑いながらおっしゃったのは「お嬢様の事(私の事)三島さんにお話したら、照れてソファーから落ちたのよ!」と。
平岡家は私達の住んでいた大岡山から少し坂を下りてまた上がって広い道に出て緑ヶ丘へ行く途中にあり、私たちは緑ヶ丘に古くからのお知り合いがあったので、時々平岡家の前を通り、通りがかりに見るとはなしに、平岡家のお縁側に座って日向ぼっこをしていらっしゃるお母上のお姿を見た。 とても細くて色白のきれいな方だった。
京都の呉服屋は三島家(平岡家)が緑ヶ丘にあり、私宅は大岡山だったので、平岡家から私宅へ寄っていた。 その呉服屋さんが私のお見合い写真と釣り書きとを平岡家にお届けして、お母上が文箱におさめていらっしゃる、とのことだった。
吉田健一様の奥様は面白半分に(その頃’鉢の木会’という大岡昇平さんとか若手の方々8人が毎月会合を持たれていた)、笑いながらおっしゃったのは「お嬢様の事(私の事)三島さんにお話したら、照れてソファーから落ちたのよ!」と。
平岡家は私達の住んでいた大岡山から少し坂を下りてまた上がって広い道に出て緑ヶ丘へ行く途中にあり、私たちは緑ヶ丘に古くからのお知り合いがあったので、時々平岡家の前を通り、通りがかりに見るとはなしに、平岡家のお縁側に座って日向ぼっこをしていらっしゃるお母上のお姿を見た。 とても細くて色白のきれいな方だった。
2012年10月2日火曜日
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