2010年2月4日木曜日

節分も過ぎて

もう、明けてから一カ月が過ぎてしまった。 二月は逃げる・・・と昔からいわれているので、寒い寒いと言っているうちに、忽ち桜の季節になるだろう。

今年は大大台に乗るので、色々な意味で覚悟と言うか、あきらめと言うか、悲しみというかを年初から感じているところを、今朝、何時もの易の先生から「貴女は昨年末からの疲れがまだ取れてないので、時々気がついたら居眠りをしていることがあるでしょう?」・・・と言われた。 まさに仰る通り、時々ふっと気がつくと、4,5分居眠りをしていた自分がいる。 

ジムでほんの一時間半くらいマシンを使っての運動とサイクリングマシンに30分乗り、そのほかに1時間余り近所に買い物に行くくらいの動きしかしていないのに? 特に突っ張っているわけではないけれど年を重ねて行くということを、わかっているけれど、認めたくない。 

先日もジムで65歳の男性と話していて「私今年は80歳ですよ」と言ったら「お若いですね、とても、そうはみえませんね~」と言われて喜ぶなんて! 後で考えてなんだかみじめ。 80歳は80歳、確かに80年、この世にいるのだから・・・。 

2010年2月2日火曜日

何だったのかしら?

京都の妹が夫と上京していて、渋谷の自宅ではなく帝国ホテルに泊まっていて、お昼を一緒にしないか?と言ってくれた。 下の妹も来るということで、11時ごろ家を出た。 最近、バス停にもう少し・・・というところで、五反田行きのバスが出てしまい、今日も10分以上バスを待つハメになった。 

バスは空いていて、それでも下の段には席がなく上段の一番前に座った。 馬込近くまで来た頃、妙に胸のあたりがもぞもぞ気持ち悪くなってきた。 痛むというわけではなかったが、五反田に近ずくに従って、なおひどく、ざわざわしてきた。 バスを降りたら倒れるのではないかと思うほどだった。 一旦駅に向かって歩き出したが、ゆらゆらと揺れるようで、トテモ電車に乗って・・・という気がしなかったので、だけど、何としても妹達二人のところへ行った方がいいと判断して、タクシーを拾って、もしも急にヘンになったら、ここの病院、あそこの病院・・と自分で場所を確かめながら、運転手さんと車の話をしながら、話していると少し気が紛れて、ホテルに着いた。 

余り心配をかけてはいけないと思ったけれど、状態を話したら、妹が心臓の貼り薬を持っているので、貼ってみたら?と言ってくれたので、トイレでそれを貼った。 食事をしている間もドキドキは回復しなかった。
話も半分上の空、上の妹が京都へ帰るので東京駅まで車で行くということで、便乗して東京駅で別れて、又ドキドキしながら京浜東北線で蒲田まで、そしてそこからタクシーで家まで・・・と決めた。  電車は快速で空いていたので、ホッとしながらタクシーで家に入ったら、ドキドキが治まった。

血圧を計ったけれど異常はなかった。 気分も特に悪くはなかった。 結論として考えたのは、寒冷、と年齢の所為だということ、独り暮らしであることのストレス・・・?

2010年1月28日木曜日

ようやく、一安心

年が改まって、手術、入院から初めての病院予約の日が来た。  肝臓と腎臓のエコーをとるということで退院してから二か月目になる。  そのことが気にかかっているばかりではないだろうが、2.3日前から
肩が張って血圧もあがっている気がしていた。

今朝は朝食抜きで11時までに来院とのこと。 少し早めに家を出たので、検査室には20分前に着き、ベッドが空いていたということで、直ぐ検査が始められ11時には外科の診療室に着いた。 今日は患者さんの数も少なめだったが、予約の11時半より40分待ち。

何時ものごとく静かな呼び声で「伊藤ふさ子様、1番にどうぞ」と呼ばれ、入室したら、先生はにこにこされて「どこも異常はありませんでしたよ」と仰った。  それなのに、なぜかまた5月に次の予約が入っている?

帰宅後、とりあえず妹に電話したり、その後、朝、ご心配して お電話を頂いた易の先生に結果をお知らせした。 先生の御判断の通り異常なかったことを先生も喜んでくださり話が長くなった。

妙なもので、そうこうしている内に背中や肩の痛みが驚くほど軽くなっていた。 やはりストレスは体によくないな~? それに、私の肩から背中首筋までマッサージしてくださったジムのお友だちの御好意もあったからこそ、今日はすっきりすることが出来た いずれも感謝、感謝の一日だった。

2010年1月25日月曜日

料理教室

昨日は3カ月ぶり、我が家での料理教室。 
生徒さんから、ご連絡を頂かなかったら、もうやめてしまおうかな~と思ったりした。 今のクラスはもいう三年くらいにもなるので、レシピーも和、洋、中華と毎月三品ずつ教えているので、大分品数も教えつくした気もする。 それでも、考えてみると、まだ教えてない、教えたい料理もあるし、何しろ少しはおこずかい稼ぎができる。 レンジも新しくしたし・・・ということで、昨日は料理教室を再開した。 結論として、三人のうちの未婚のお二人のどちらかが結婚なさるまで・・・・? と大雑把に自分で決めた。

朝から妙に緊張して、久しぶり、ということは、こんなに緊張するものか?と思いながら、三品のうち一品は、塩けが足りず、失敗して妙にへこんでしまった。 そればかりではないだろうけれど、今朝ほどから肩から首筋が凝りまくって、書道のかな字書き、その他と相まって夕方には血圧が上昇した感じ、年なのだから、何事も焦ったり、いらだったり、考えすぎたりしないように、と自分を戒めている。 このブログもストレスにならない程度に・・・・

2010年1月22日金曜日

書道教室

書道を始めてから、もう何年になるだろう?  私としては、月二回のレッスンはほとんど休むことなく続けている。 自分で言うのもおかしいことながら、漢字については、可也上達してきて、人様にお目せしても褒めていただけるかなと思うほどに上達して、先生にもお褒めていただいている。

ところが、私の提案で三カ月ほど前からひらがな、というか、へんたいがなで書かれた和歌を一首ずつ書くことになった。  今日で三回目になるのだけれど、どうも私には不向き、と言えばカッコウいいが、上手に書けない。 ’字’ではなく、どう見てもマークとしか見えない。 他の二人はすらすらと書いていらっしゃるので、私は焦りまくる。 焦れば焦るほど書けない。  先月も時間内に自分で納得いかなかったので、御清書を出さないで、家に帰ってから、何度も練習したけれども、納得いくものが書けない。

もう、止めたくなった、と言ったら、お友だちの一人が「だって、貴女がひらがなを書きたいと仰ったのじゃない」と少し厳しいお言葉。 この年齢では、これ以上努力しても、進歩することはないのではないか?と自分の中で思う一方、この友人の言葉に、負けられない!と練習に励んでいる次第。
 

2010年1月20日水曜日

ようやく、すべてが・・・・

ようやく、すべてが元通りの生活のリズムに戻ってきた。

台所にも新しいレンジがセットされ、気になっていたネズミの穴も職人さんによって塞がれネズミがかじった(信じられないかもしれないけれど、クマネズミがかじって開いた穴が気になっていた)一年間我慢してガムテープを貼っていたのだけれど、ようやくすっきりした。 でも少し使い方を研究する必要がある。 

昨日、ジムに行って見て、マシンの位置とか、器具も少し手入れがしてあって戸惑うところもあったが、おなじみのお友だちたちが声をかけてくださり、少し細くなってよかったわね!などと仰りながら私の周りを取り囲んでくださり、涙が出るくらい嬉しかった。 ごく親しいお友だちは「伊藤さん!」と声掛けをしてくださった。
 
今日もジムに行くつもりで、すっかり用意をして出ようとしていたところ、近所のお友だちが池袋の東武デパートで北海道食品展をしているから行かないか?と誘ってくださったので、急に方向転換をして、彼女に付き合った。 可也込み合っていたけれど、私は出し昆布とハッカ飴を求めた。 友人は蟹、いくら、生うにののったすし飯を誘ったから・・・と私の分まで求めてくださって、夕食に楽しんだ。 そのすし飯の売れる事、売れる事! それに並んで待ちながら料理人さん達の手の動きの速さと正確さに感心しきり。

2010年1月17日日曜日

二か月ぶりのジムその2

昨日は健美操のある日だったので思い切ってジムに行こうと思った。 一週間ほど前から今日こそは、今日こそはと思いつつ、一週間以上も経ってしまった。 二か月以上も行かないと何となく友人達に会うのも、なんだか気恥かしい感じ。 

ジムのルールが変わって、十時前には中に入れないと聞いていたので、丁度十時にジムに着いた。 何人かの友人が「しばらくね~、どうなさったの?」と尋ねてくださった。 私は事情を話しながら受付に向かったお友だちから聞いていたようにカードも変わっていた。 健美操は人気があるので、回りの方は余り変わっていらっしゃらなくて、ほっとした。 以前のようにAさんの後ろに場所をとれて、なんだか、ほっとした。 

インストラクターも私が休んだ理由を御存じの様で、二か月のブランクを感じないでパフォーマンスをすることが出来た。 ロッカーで、私の入院を御存じの方々は温かい言葉を掛けてくださった。 帰り道、私を待っていて下さったMさんと家の近くまで話しながら、なんだか若い日の女学生に戻ったような心温かい、久しぶりのジムだった。