2009年1月29日木曜日

ようやく確保

下の妹とその長男と日に何度も電話やメールで連絡をとってくれて、今日は出張先からまで連絡があって、今度の祝賀会の場所がようやく決まった。
 
その候補場所をとりあえず三箇所確保したという連絡があった。
一つは最悪の場合銀座の西洋銀座、二つ目はミッド・タウンのホテルのフレンチ、そして夕方日比谷のペニンシュラ・ホテルのペーターの部屋が取れたと甥から少し自慢げに電話があった。
実は私は個人的にはぺニンシュラがとれたらな~?と当初から思っていた。 パソコンを開いてみて、広がる部屋の雰囲気がトテモ魅力的に思えた。 だだ、そこのフレンチのPETERという名前がなんだか安っぽく気に入らないわね~と妹と話していた。 だだ、”新しい”と言うことはトテモ魅力的なものだ。 

私の新しもの好きの性格は多分父親譲りかな?と時々思う。 父は何しろ昭和の初めつまり戦前にニッカポッカをはいてゴルフを始めて、すっかり凝っていた。 八幡の日鉄社宅でまだ課長だったのに私のためにピアノを買ってくれたのも社宅内で二・三番目だったと記憶している。 それとも、長男とか長女は何時も新しいものを与えられてきたのでそういう風に育てられてきたのかな? 
ともかく、下の妹と甥には心から有り難う、を言いたい。 伯父さん夫妻もキッと喜んでくださるでしょう。 

2009年1月28日水曜日

世話役、幹事って、大変よ~!

昨年勲章を受けた義弟のためのお祝いの会食を遅まきながら2月14日に実現する事になった。 親戚一同気になりながら義弟の日程がつかず、ようやく2月14日に時間が取れそうだという連絡を受けて、下の妹とその長男、私とでパソコンを駆使して、場所探しを始めた。 

当初この不景気な時期だから簡単に場所の確保が出来るものと思っていたが、イザ始めてみると14人の席と言うのは、可也予約し難い。 その上それなりの格式のある、交通の便もよく、しかも味もいい所と言う条件をクリアーする所が中中見付からない。 その上個室を確保するのが又至難の業。 それに加えてその日はバレンタイン・デーの土曜日と来た。 私のバソコンは古いので時々フリーズしてしまう。 目は疲れる。 ジムでも色々な方にご意見を伺って見ているけれど、所謂帯に短したすきに長し・・・状態。  それでも今日中には決めなければ、と妹とも話している。

幹事の役目のもう一つ・・・。 今日は青山学院時代の3年目のクラス会が銀座のソニー・ビルのイタリアン、サバティニで開かれる事になって、楽しみにしていた。 幹事さんは学生時代から頼りになる方が中心なので、安心していた。 ところが、昨夕その方のご主人から突然電話があった。 「西村ですけれど・・」と電話口で言われても私は直ぐは分からなかった。 西村という男性? 彼は今日幹事を引き受けてくださった方のご主人だった。

「私は伊藤さんしか知り合いが無いので」と可也焦った感じで「実は妻が突然高島屋で倒れて、救急車で駿河台の日大病院に運ばれたので・・・・」という。 私はすぐ仲間の幹事の方に電話を入れた。 その方はトテモ戸惑った感じで「資料は皆彼女が持っているので、困った・・・」との返事。 仕方なく明けて今朝私が少し早く行ってお手伝いする・・・と言って今朝40分くらい前に着く様に出かけた。  出席人数は21人と言うことで、出席者にご自分で書き込んでいただく事でスムーズに事は運んだ。  席についてのお話では過去2,3年の間に5人の方方が亡くなり、何人もの方が手術をした・・・という。 もう80歳になるまで2年は無いわけだから当然と言えば当然の結果と言える。 

その上今日のオマケに一年半後の幹事は、今まで逃げつずけていた私と前の席に座られた方に決まってしまった?どうして?  

2009年1月25日日曜日

今日は、萌彩ちゃん!

10月8日に生まれた萌彩ちゃんと10月9日以来初めて会えることになった。
今日は朝から晴れ上がったよい天気。 浦和までは蒲田から直通とはいえ可也乗りでがある。 モアちゃんのおばあちゃまである下の妹と浦和駅構内で会うことが出来、浦和駅まで甥一家が車で迎にきてくれて、カニ料理の店でお昼ご馳走になり、甥の家で初めて萌彩ちゃんを抱っこする事が出来た。 生まれてまだ三ヶ月あまりなのに、もう6キロある。 驚いた事にもう声を立てて笑う。 首もすわっていて、最近の赤ちゃんの成長の早さに驚かされる。

終始ニコニコとご機嫌でお腹がすいたとき、とウンチの時しか泣き声を揚げず、ほんとにいい子ちゃん。 ロンドンでモアちゃんの従姉の英里ちゃんに初めて会った時もホントシッカリしていて驚いたものだったけれど、最近の、特に女の子は発達が早いのかしら? それとも・・・・?

萌彩ちゃんはママの存在が分かっているようで、ママに対する態度が外のたとえパパとも違っている。 ともかく10ヶ月以上はお腹に抱えているのだから当たり前と言うにしても、それはママの特権とでも言える物かしら? ママになった事のない私は羨ましいような、大変だな~と言う思い。 親になるとその子に対する責任も出てくるし、これからの地球の問題も考えなくてはならなくなるだろうし、この子の将来は・・・・~?と思うだろうな~と余計なことを考えてしまう。

以前英里ちゃんのママに「英里ちゃんのお嫁に行く姿を私は見られないわね~』と当たり前のことを言った事があった。 英里ちゃんのママは返事に困ったと思う。 萌彩ちゃんにも、英里ちゃんの妹のお茶目な里彩ちゃんにも同じ事を考えてしまう。 

2009年1月23日金曜日

あれも、万引き?

今日の午後は急に温かくなってきたので、池上方面に出て、銀行に寄り方方買い物に行こうと思い立った。 
銀行でお金を引き出し、何時ものルートで駅前のパンヤさんに寄り、スーパーマーケットの店先に熊本産のみかんが山ずみになっていて、その立て札の意味がよく分からなくて、しばらく立って眺めていた。 1個35円と言うのはヘンだけれど、袋が置いてあるので多分1個ずつ何個でも好みによってその袋に入れるのだろう・・・と理解した。

私が入り口に突っ立って見ている間、一人の方が10個くらい袋に入れてス―パ・マーケットの中に入った。 その後、店内から支払済みの袋を持った70台くらいの女性が出て来ざま左手で3,4個ほどのみかんを取って自分のレジ袋の中に入れて悠然と立ち去った。 何時もは、忙しく品物を並べている定員さんがその時は一人も見当たらなかった。 黒っぽい服装のその人はあまりにも自然に、その場を立ち去った。

最近スーパーマーケットでの万引き事件が多くて、スーパーでの収益にも可也影響がある・・・とテレビで報道しているのを何度も見たが、みかんの3,4個など問題ではないだろうが、自分の家の棚からひょいと持っていく様な悪びれない動作に、私は、ただあきれ返って見送った。

2009年1月21日水曜日

ジムのお友達との新年会

何時もアチコチと食べ歩きに誘ってくださるお友達を昨日家にお呼びした。 昨年からお鍋パーティをするお約束をしていて、ようやく落ち着いたのでお昼に来ていただいた。
 
鍋といってもありふれたものでは・・・と思って料理教室でも生徒さんたちに喜ばれた’しゅうへい鍋’をする事に決めて、前日から材料を買ってきて、お正月らしく簡単な前菜も作った。 
前菜は金柑の甘煮、銀杏の串刺し、柚子釜の中にイクラのおろし合えを入れて大皿に盛り合わせた。
鍋の材料は甘塩の鱈を揚げたもの、お正月のお餅も揚げて他の材料は生椎茸、白菜をゆでて春菊の茹でた物を巻いて切ったもの下仁田ネギなどを美しく合わせて大皿に盛った。 この鍋は出しをよくとって、あらかじめ味を少し濃い目につけておき、材料が煮あがった所におろし大根、とき卵を流しいれるもので、ケッコウ贅沢に見える。
よかったら、お試しのほどを・・・。

予定の時間ピッタリに用意が整った。 これは私の得意とすするところ。
部屋に入ってこられた友人は「まるで、料亭に来たみたい!」と喜んでくださり、部屋中忽ち温かい雰囲気になった。 ジムでは余りゆっくりお話することが出来ないので、5時近くまで、色々話が尽きず楽しい時間を過ごした。
昨日は三人の友人の内お一人はご旅行で来られず、60歳の方ともう一人は私の娘くらいの50歳以下の方。 お2人ともヒルズの住人で、年の違いを感じないで話せるいい友人達だ。

2009年1月17日土曜日

いけめん?デリ

土曜、日曜日の新聞には沢山の広告が入っている。 近くのスーパー・マーケットのものは注意して見ているが、今朝の朝刊に面白い広告が入っていた。

「銀座三越のお弁当をお届けします」という見出しに食いしん坊の私は興味を持って、取り出して中身を見てみた。
カツサンド、お寿司類、天一の天ぷら弁当、日本橋大増のケッコウ美味しそうなお弁当、27種の写真が載っていて、「一個からでも配達いたします」とあった。 それらの配達料は200円だという。 「へぇ~何かの時に便利だわ!」三越の企画なのかなあ~?そう思ってもう片面を見てみた。 

そこには「スマイルデリバリーiQemen]との見出しで、たしかにイケメの青年の写真が載っていた。 もっと良く見てみたら、その青年は「2002年に東大の法学部を卒業して富士通、会計事務所を経て独立しました」とある。 三越の配達だけでなく、スーパーマーケットでの買い物などの代行。 各家庭から職場、友人、親戚へのお弁当、料理などの配達、忘れ物を届ける・・・など・・・。 買い物代行については200円、配達は100円。 だだし、距離は片道30キロまで、という内容。 

とりあえず、このチラシは何かの時のために取っておく事にした。 それにしても、変わった仕事を始めたものだ。一人で、しかもバイクで・・・・この辺りはお年よりも多く(多分私も必ずしも例外ではなく)ヒトのため、又自分のため? 人に喜ばれ、回りに気を遣うことなく、縛られる事無く仕事が出来、一件200円と言っても数を重ねれば収入も安定して来るのかもしれない? 今見直してみたら家庭教師科として一時間3,000円という項目もあって、少し安心した。 

2009年1月16日金曜日

一年の計は・・・・?

世に一年の計は正月にあり、と言う。 
年が明けてもう10日以上も過ぎてしまった。  今年の計画は? 未定? この年令では自分で計画を立てても、それを守る事は出来難いと思う。 周りとの協調で過ごしていくしかない、とも思う。 

年が明けて、昨年来、気になっていた預金のことで、郵ちょうの係りの方を呼んで、色々な方針を決める。 幸せなことに、僅かな年金とその他で人様に恥ずかしくない生活が送られると思って感謝している。  今年初めての夢見で死神が出て来たのを気にしているわけでもないが、とりあえず年の初めに整理をしておこうと、預金通帳などを調べてみたら、忘れていた預金が見付かった。 わずかなものだけれど、どうしたらいいか、考える事にした。 利子が今より大分高いから・・・。 以前のように利子で潤うことは考え難いわけだけれど。

次に、今の生活状態を特に変える必要はないとは思うものの、今ようやく落ち着いた普段の生活に戻って思うことは健康を保つために少なくとも週に三回はジムに通いたい、ということ。 冬の寒さ、夏の暑さにもめげずに折角ここまでつずけて来たのだから。 ホント、ケッコウ辛いと思うこともあるのだ。 一日休むと行きたくなくなったりするもらしい。 もう一つ書道教室に通うこと、月に二回というのは可也適当だと・・・。
もう一つ、月一回の料理教室、これは偶にはメンドウと思ったり、負担になったりするけれど、私の実力?の唯一の収入となるわけだから、出来る限り、又望んでくださる生徒さんがいらっしゃる限り、続ける事になるだろう。

こうして、又一年が経っていくのか?  

2009年1月10日土曜日

少し早い誕生祝い

京都の妹が上京して来て、下の妹の誕生祝の会食を三人ですることになり、下の妹の提案で日本橋三越のAS0では?どうかと、久しぶり三越で待ち合わせた。 私は、色々考えた挙句、池上線で蒲田へ出て、新橋で降り、地下鉄で三越という行きかたを選んだが、苦手な下り階段が多く、年上の私が一番遠いという結果となった。

AS0は確か代官山に店があり、玉高にもあった。 私も以前から一度行ってみたいと思っていたが、可也高価なので、今まで実現しなかった。 さすが雰囲気、従業員のマナーもよく、料理も洗練されていた。 偶然支配人が甥たちと同じ高校出身と言う事が分かって話がはずんだ。 今日は土曜なので、店も一杯だった。 三越はずい分久しぶりで行ったので、店の馴染みは無かったが、食料品売り場は可也魅力的だった。 和・洋菓子も充実していて時間があったらもっと見て回りたくなった。 

今朝方、トテモ嫌な夢をみて、寝覚めが悪かった。 妹の誕生祝に相応しくないが・・・。 目覚めてからもハッキリ覚えていた。 黒っぽい着流しの着物を着た老年の男が「もう一年半の命だ」と言うので「それ、誰の事?」と色々な人の顔を思い浮かべながら、その誰でも嫌だし、困る・・・と思って「それ、誰の事?」と尋ねたら「お前のことだ」とその老人は言った。 目がさめてもトテモ気分のよくない夢だった。 何時かは来る事だけれど・・・。

2009年1月9日金曜日

京都でのお正月

妹たちは余り外へ出たがらないので、私は一人で一日に一度は周りを散歩する。 家を出る時から留守をお願いしているお友達とかジムのお友達へのお土産を何にしようか?と考え、そのことがカタズかないと落ち着かない・・・という気の小さい自分に少しイラ付きながら、2日から開けている大徳寺の近くの昆布専門店に行ったり、いつもの漬物店に行ったり心の落ち着く暇がない。

三日には姪の夫の誕生日を祝うために京都ホテル大倉に義弟が席を予約してくれて、何しろ何時も利用しているホテルらしく、支配人が出て来てエレべーターで14階のフレンチレストランまで案内してくれるというもてなしよう。 窓から京都の町が見下ろせるというロケーション。 ホントに高い建物が少なく町の灯りが美しかった。 

姪達が芦屋に戻った4日には妹夫妻と3人で北野天満宮へ行った。 義弟の解釈によれば、今年は丑年だから、天満宮にお参りするのがいい、とか彼が天満宮の役員だから、とか・・・・私達は一番近いので毎年お参りしていたのだけれど・・・・、。昨年は私一人で大寺に御参りに行って、天満宮は行かなかったかな? だんだん忘れっぽくなってくる。 三が日が過ぎるとお寺も少しは空いて来る。

余った御節料理が勿体無い、と色々考えて作った料理が大失敗! お世辞にも美味しいとは言い難く、余りモノで・・・という概念にこだわる必要もない、と言うことをしみじみ感じた。 他の材料も沢山冷蔵庫にあったのだから、そういうセコい考えは無用なのだ、と思い知って、なんとも惨めな結末だった。 

ともかく、京都でのお正月はお天気もまずまずで温かく過ごし易かった。 


昨日、下の妹が(多分年末のおせち料理講習の御礼?) 帝国ホテルのアフタヌーン・ティに行かないかと誘ってくれた。 英里ちゃんとママも・・・と言うので喜んで出かけた。  14階なので皇居も見下ろせて、ゆったりと時間を過ごす事が出来た。 妹が内容が余りよくない、とロンドンのものと比べてがっかりした・・・と言っていたが、 ここは日本なので、仕方ないでしょう。

暮からの疲れが出たのか、今日午前中、今年初めての書道教室に行って、その後、外は氷雨の様子なので家にいたら
ウトウトと眠気が来て、珍しく何度も居眠りをしてしまった。 

2009年1月7日水曜日

京都のお正月

京都でのお正月は今年で何回目になるかしら? 一年経つのが、年を重ねるに連れてだんだん早くなる。
大晦日、元旦と京都のお天気はまずまずと言うか、毎朝晴れたかと思うと小雨が降ったり、ハッキリしない。

例年通り、31日に豪華なお重が届いた。 元旦の朝からその御節を皆で頂き、誰言うとも無く毎年計りで計ったように同じ御節で、少し飽きたわね~と我侭な言葉が出る。 和風のものが参重、これでもか、というほどに小さな焼き魚数種、凝った練り物、これでもかとばかり美しくはいっていて、箸で掘り返すようにして、それまで気ずかなかった物が出てくる。 伊勢海老、ローストビ―フなどの入った洋風のお重が同じく三重ね。 それこそ至れり尽くせりのもの。 ホアグラのパテ、ハムを挟んだチーズ、イクラなども色よく詰め込んであって妹夫妻、姪夫妻、私の五人でつついても中中空にする事が出来ないほどだった。 

元旦は、昨年私が提案して行く事にしたお墓に今年も行くことになった。 京都は、どちらに行っても知られた名所があるので、姪の夫の運転で町の様子を眺めながら、私としては、ようやく外に出られる・・・と言う感じ。 京都の方たちは先祖とか伝統を守るらしいので、殆どのお墓には花が供えてあった。 墓所は高台にあるの、京都の町を見下ろす事が出来た。 

2009年1月5日月曜日

例年どおりお正月は京都で・・・

今年と言うか昨年末から京都の妹宅で年越しとなった。 28日の午後の新幹線は何時もと違って家族連れが多かった。 無論指定席は満席。 夕方の京都の町は心なしか少し車の数は少なく感じ、不景気の所為かしらとドライバーと話した。

毎年御節料理が届けられるので、特に妹の家で作る必要はないのだけれど、野菜の煮物とか金柑の甘煮は私の仕事として今年も残してあった。 29日は二人のお手伝いさんが来てくれて、例年どうりその一人と近所のスーパーマーケットに運転手附き自家用車で行った。  特に今年はジムの御友達に京都の棒だらの煮つけを持ち帰ることを約束して来たので、そのマーケットの近くの魚屋で棒だらを買った。 ケッコウ高価なもので、水につけてふやかした棒だらの切った物は2000円~3000円くらいもする。 東京では手に入りにくい赤芽芋も求めた。 

昨年も書いたかもしれなかったが、京都のスーパー・マーケットで売っているものは東京と大分異なり、野菜も東京で売っている小蕪は東京小蕪と言ってそれでも可也大きく値段も高い。 練り物などは可也カラフル。 鯛の焼いたものが景気よく並んでいたり、お餅は無論丸餅しか売っていない。 見て歩いているだけでも楽しく、遂、無駄と思いながら、手が出てしまう。 

御節の和風、洋風プラスロースト・ビーフが届かなかったらどうしよう?と妹と毎年気に視ながら、待つ。 これは催促するものではなく・・・・? 大晦日まで・・・。