今日、ヨガが終わってジムのロッカー・ルームで「今日は満月だそうよ」と誰かが言っている声が聞こえた。
そうだ、最近天気も余り良くなく、月を見る事が無かった・・・と思って、先ほど外に出て東の空を眺めた。
「出てないじゃない」何時ものようにま東を眺めた。 おかしい?と思いなおして少し北がわを見たら、美しい満月が見えた。
秋に月を見る事が多かったので、ほぼ同じ時間帯で空を眺めても秋と春とではその位置が違っていることに小さな驚きを感じた。 今頃、もしかして場所によっては”桜の花と月”を一緒に見る事が出来るのかもしれない。 今日は好天にしては朝から少し冷えたので、余り長い間外で月をながめるのは・・・?と思って、直ぐ中に入ったが、春の月は秋の月に比べて少し膨らんで見えたのはなぜかしら? 秋の月の方が冷たく透き通って見えた気がする。
月については色々な思いを、このブログに書いた気がするが、今夜は父の最期の際に母を車にのせて、病院に向かって北に走っていた時「お母様、今度はお父様は、ダメだと思うわよ」と言ったこと。 そう言いながら運転中の窓の外に見えた月はトテモ美しかったこと。 後部席の母の顔を少し心配でバック・ミラーで見たら、意外に穏やかで、ほっとしたことを・・・。
2010年3月30日火曜日
2010年3月29日月曜日
三姉妹で墓参
お彼岸ちかくになると、ジムのロッカー・ルームで、「昨日、お墓に行ってきた」とか「明日のお中日に行く」とかいう話が聞こえてくる。 そのたびに私は、未だ行ってない、と気にはなる。 夫の墓地は多磨墓地なので、春は失礼して、門前のお茶屋さんに頼んでお花を供えていただいている。 実家のお墓は下の妹宅から車で20分くらいの春秋苑にあるので、かなり行きやすい。
今年は、上の妹が上京していて「お墓に行きたい」と言ったので、都合をつけて三人で待ち合わせて妹の車で行った。 亡父が属していたゴルフ場に近かったので・・・と生前に墓地を求めていた。、新しくて、明るい墓地でしかも水場から近いのでホントによかった、と思う。 今は父と母だけが入っている。
時々妹達と話すのだけれど、このお墓も弟達夫妻の後はお参りする人がいなくなるのかもしれない? 私達の多磨墓地のお墓も私の後は無縁墓地になってしまうかもしれない。 お墓も無縁になれば、大勢の方々と一諸の無縁仏として、墓地入口の無縁の塔に収められて、無縁の墓は売りに出るのかもしれない。 それでも、あの世に行ってしまっていれば、どうなろうと関係ないだろう。 少子化でそういうケースは増えて来るに違いない。
夫の長兄がそんなことを心配して、生前に伊藤家の墓所を父親の出身地の広島の庄原に求めてくれ伊藤家の菩提寺にお願いをしてくれていたけれど、そんな遠隔地に治まる気持ちはない。 子供が少なかったり、私のように子のない家では、後のことを考えても切りのないこと。
今年は、上の妹が上京していて「お墓に行きたい」と言ったので、都合をつけて三人で待ち合わせて妹の車で行った。 亡父が属していたゴルフ場に近かったので・・・と生前に墓地を求めていた。、新しくて、明るい墓地でしかも水場から近いのでホントによかった、と思う。 今は父と母だけが入っている。
時々妹達と話すのだけれど、このお墓も弟達夫妻の後はお参りする人がいなくなるのかもしれない? 私達の多磨墓地のお墓も私の後は無縁墓地になってしまうかもしれない。 お墓も無縁になれば、大勢の方々と一諸の無縁仏として、墓地入口の無縁の塔に収められて、無縁の墓は売りに出るのかもしれない。 それでも、あの世に行ってしまっていれば、どうなろうと関係ないだろう。 少子化でそういうケースは増えて来るに違いない。
夫の長兄がそんなことを心配して、生前に伊藤家の墓所を父親の出身地の広島の庄原に求めてくれ伊藤家の菩提寺にお願いをしてくれていたけれど、そんな遠隔地に治まる気持ちはない。 子供が少なかったり、私のように子のない家では、後のことを考えても切りのないこと。
2010年3月25日木曜日
少し遅れましたが・・・
先週の土曜日、何時も朝食をとりながら見ている神田正輝司会の“旅サラダ”という番組で池内淳子さんが尊敬している松本清張さんの生地、北九州市の小倉を訪ねるという。 何とも懐かしい! と言う私は北九州市の八幡で生まれ12歳まで住んでいたから・・・。
と言っても、それは戦前のことで、どんなに変わってしまっているのかしら?と画面を見つめた。 小倉では魚町というのが一番賑やかで・・・と思いだしていたら、魚町が画面に出た。 その頃同居していた父の養母が(父が養子として当時の中学校時代に面倒を見てもらったらしい)私をトテモ可愛がってくれて、口癖のように「今度、小倉へ行って湖月堂の栗まんじゅうを買ってくる・・・」と言っていたけれど、私の記憶の中では、それは実現していなかった。 その懐かしの?まさしく、湖月堂の栗まんじゅうが画面に出た。 「出た!」私は思わず叫んでしまった。 無論、どこのお菓子やさんでも求める事が出来るものではあっても、祖母が言っていたように、小倉の栗まんじゅうは有名なんだ! と私は今更のようにその頃を思い出していた。
栗まんじゅうの代わりに私が祖母からもらったものは周りにお砂糖をまぶした飴玉だった。 それも、母や当時のね~や(お手伝いさん)に隠すように渡してくれた。 少し迷惑だったけれど、私は二人に隠して飴をなめた。
70年以上も前の記憶が戻って来て、小倉の魚町のお祭りの山車が子供心に怖かったこと、東京に行くために門司駅で沢山のバナナ売りの列をかき分けるようにして当時の特急’つばめ’の寝台車に乗ったこと、思いだは次々とそれこそ、文字通り走馬灯のように頭を廻り廻った。
と言っても、それは戦前のことで、どんなに変わってしまっているのかしら?と画面を見つめた。 小倉では魚町というのが一番賑やかで・・・と思いだしていたら、魚町が画面に出た。 その頃同居していた父の養母が(父が養子として当時の中学校時代に面倒を見てもらったらしい)私をトテモ可愛がってくれて、口癖のように「今度、小倉へ行って湖月堂の栗まんじゅうを買ってくる・・・」と言っていたけれど、私の記憶の中では、それは実現していなかった。 その懐かしの?まさしく、湖月堂の栗まんじゅうが画面に出た。 「出た!」私は思わず叫んでしまった。 無論、どこのお菓子やさんでも求める事が出来るものではあっても、祖母が言っていたように、小倉の栗まんじゅうは有名なんだ! と私は今更のようにその頃を思い出していた。
栗まんじゅうの代わりに私が祖母からもらったものは周りにお砂糖をまぶした飴玉だった。 それも、母や当時のね~や(お手伝いさん)に隠すように渡してくれた。 少し迷惑だったけれど、私は二人に隠して飴をなめた。
70年以上も前の記憶が戻って来て、小倉の魚町のお祭りの山車が子供心に怖かったこと、東京に行くために門司駅で沢山のバナナ売りの列をかき分けるようにして当時の特急’つばめ’の寝台車に乗ったこと、思いだは次々とそれこそ、文字通り走馬灯のように頭を廻り廻った。
2010年3月22日月曜日
春のお彼岸
昨日、余りにも晴れあがったよい天気だったので、御近所のお友だちを誘って近所を歩くことにした。
お互い、どこへ行く?と言いながら足は自然に本門寺の方へ向いた。 しばらくは、今日がお彼岸だということに思い至らなかった。 なんだか車が多く、人が多い・・・と話しているうちに、お彼岸だからでということに気がついた。
何時もは中に入れないお寺も今日は開いていて中まで入ることができた。 お庭もきれいに掃除してあり、卒塔婆が沢山壁に立てかけてあった。 一方通行の道を車が絶え間なく通って何時もの本門寺あたりとはまるで様子が異なって見えた。 例年お正月にはお参りしていた本門寺も何年もおまいリしてない。 お友だちと道沿いのお寺に入ってお賽銭を供えて、手を合わせた。 お彼岸に多磨墓地を訪れたことが無いことを、申し訳なく思う。
以前、易の先生にそのことを伺ったら「貴女は仏様をお預かりして、御仏壇に毎日テを合わせているのだから、気にしなくていいわよ」と仰った。 「御仏壇に手を合わせた後墓地の方がくにテを合わせたら、とも言われた。 どんなに遠くても、独りでもお墓参りをする方もあるのに~と反省だけは何時もしているのだけれど・・・・。
お互い、どこへ行く?と言いながら足は自然に本門寺の方へ向いた。 しばらくは、今日がお彼岸だということに思い至らなかった。 なんだか車が多く、人が多い・・・と話しているうちに、お彼岸だからでということに気がついた。
何時もは中に入れないお寺も今日は開いていて中まで入ることができた。 お庭もきれいに掃除してあり、卒塔婆が沢山壁に立てかけてあった。 一方通行の道を車が絶え間なく通って何時もの本門寺あたりとはまるで様子が異なって見えた。 例年お正月にはお参りしていた本門寺も何年もおまいリしてない。 お友だちと道沿いのお寺に入ってお賽銭を供えて、手を合わせた。 お彼岸に多磨墓地を訪れたことが無いことを、申し訳なく思う。
以前、易の先生にそのことを伺ったら「貴女は仏様をお預かりして、御仏壇に毎日テを合わせているのだから、気にしなくていいわよ」と仰った。 「御仏壇に手を合わせた後墓地の方がくにテを合わせたら、とも言われた。 どんなに遠くても、独りでもお墓参りをする方もあるのに~と反省だけは何時もしているのだけれど・・・・。
久しぶりの銀座
下の妹が草履の修理を頼みに銀座にでかけるので、銀座で会わない?と電話があったので、午前中の健美操の後何時ものように松坂屋で待ち合わせた。 一応松坂屋の中を見て回ったが、特にほしいものも見つからず、銀座のデパートの将来もお先真っ暗ではないかと思われる。
以前にも書いた記憶があるが、銀座の変貌には、悲しみさえ覚えるのは、私だけではないだろう。 私は銀座が大好きで、銀座を離れたくないため、地方に住む方とは結婚したくないとさえ思っていた。 そして、その意志だけは?通して?銀座に会社のある亡夫と結婚した。 無論、夫との待ち合わせも銀座だった。
その頃は、少なくとも、一週間に一回は銀座に行きたいと思っていた。 ところが最近何カ月に一回も訪れる事もなく、行くたびに、その当時と余りにも違ってしまった銀座にがっかりしている。 銀座四丁目の角の三越デパートには余り寄らなかったが、その前の服部和光、三愛は通って見るだけ、今は店が二・三軒建っている小松ストアーは化粧品、衣類など可也選ばれた物があって、楽しかったし、その斜め前のコックドールはレイモンド氏の設計の喫茶店で妹達とその店でチョコレート・パフェを頂くのが大変楽しみだった。
銀座のはずれにあった‘千匹屋’も植物が沢山置いてあって、高価な果物もその喫茶店で頂くのは何となく豊かな気分を味合うことができた。 その店も今はない? 昔から有る店を探していくのがむずがしくなったきた。 和装小物の店、’くのや’は色々研究してケッコウ集客しているようだった。 そんな店を見ると’がんばって!と声を掛けたくなる。
以前にも書いた記憶があるが、銀座の変貌には、悲しみさえ覚えるのは、私だけではないだろう。 私は銀座が大好きで、銀座を離れたくないため、地方に住む方とは結婚したくないとさえ思っていた。 そして、その意志だけは?通して?銀座に会社のある亡夫と結婚した。 無論、夫との待ち合わせも銀座だった。
その頃は、少なくとも、一週間に一回は銀座に行きたいと思っていた。 ところが最近何カ月に一回も訪れる事もなく、行くたびに、その当時と余りにも違ってしまった銀座にがっかりしている。 銀座四丁目の角の三越デパートには余り寄らなかったが、その前の服部和光、三愛は通って見るだけ、今は店が二・三軒建っている小松ストアーは化粧品、衣類など可也選ばれた物があって、楽しかったし、その斜め前のコックドールはレイモンド氏の設計の喫茶店で妹達とその店でチョコレート・パフェを頂くのが大変楽しみだった。
銀座のはずれにあった‘千匹屋’も植物が沢山置いてあって、高価な果物もその喫茶店で頂くのは何となく豊かな気分を味合うことができた。 その店も今はない? 昔から有る店を探していくのがむずがしくなったきた。 和装小物の店、’くのや’は色々研究してケッコウ集客しているようだった。 そんな店を見ると’がんばって!と声を掛けたくなる。
2010年3月15日月曜日
お誕生日会
ジムで仲良くさせていただいている4人にお友だちの一人の56回めのお誕生日祝いを東京駅近くのイタリアンで・・・ということで、トテモ楽しみにしていた。 私以外のお友だちは50代、60歳になったばかりの方々なので、色々なところを見つけて来て下さって、トテモありがたいこと。
今日は東京駅から歩いてほんの5分ほどのところのイタリアン・レストランで以前テレビなどでも紹介されたことのある京都の八坂に本店のある"IL GHIOTTONE" というレストランテで、前菜からデザートまで、見事な料理だった。 京野菜を使ってというのが売りなのだけれど、器と言い盛りつけと言い素材の良さ、季節感をとりいれ、日本独特な山椒の芽、やまいもなどを使ったもの、メインの鴨肉の大きさ、柔らかさにも感激した。 デザートもかわいらしい感じで、余り押しつけがましくなく、それぞれ違った種類をつつき合って楽しんだ。
お友だちの一人と、丸ビルの12階のイタリアン(以前私の77歳の誕生祝いをした)ところとの大差を呆れながら、 又そのレストランテとの比較をしながら、お昼にしては少し多めかな?と思いながらも全員完食した。
今日は東京駅から歩いてほんの5分ほどのところのイタリアン・レストランで以前テレビなどでも紹介されたことのある京都の八坂に本店のある"IL GHIOTTONE" というレストランテで、前菜からデザートまで、見事な料理だった。 京野菜を使ってというのが売りなのだけれど、器と言い盛りつけと言い素材の良さ、季節感をとりいれ、日本独特な山椒の芽、やまいもなどを使ったもの、メインの鴨肉の大きさ、柔らかさにも感激した。 デザートもかわいらしい感じで、余り押しつけがましくなく、それぞれ違った種類をつつき合って楽しんだ。
お友だちの一人と、丸ビルの12階のイタリアン(以前私の77歳の誕生祝いをした)ところとの大差を呆れながら、 又そのレストランテとの比較をしながら、お昼にしては少し多めかな?と思いながらも全員完食した。
2010年3月14日日曜日
めっきり春らしい日の散歩
今日は朝から晴れあがって気持ちのよい春光が見られた。
家の中が思い通りには片ずいていないので、気になりながらも、余りの好天と今日はジムに行かないので、御近所のお友だちを誘って、春の花を見つけながらの散歩に出かけた。
先ずは、何時もジムに通う時に通る道を通って、少し盛りをすぎた避寒桜をみて、呑川沿いに出て、川沿いの桜のつぼみが大分膨らんでいるのを見つけた。 その後、以前母とよく立ち寄った花やには、赤色のクリスマスローズが安価で数多くあった。 そこで、友人はパンジーを買い、私はパセリを求めた。
今は、こぶしの花、花は似ているが、少し大きめな木蓮の花が同時に咲いている。 白い木蓮は花を多くつけてはいても、なんだか少しさびしげに見えると思うのは私だけかしら? 梅、桃、とピンク色の花の後は白い花、黄色のジャスミン、さんしゆ、先日書いた万作など、これからしばらくは、楽しみだけれど、この久が原あたりでもお庭が小さくなって、花の名前を確かめながら歩く喜びがだんだん減っていくのは悲しいことだ。
家の中が思い通りには片ずいていないので、気になりながらも、余りの好天と今日はジムに行かないので、御近所のお友だちを誘って、春の花を見つけながらの散歩に出かけた。
先ずは、何時もジムに通う時に通る道を通って、少し盛りをすぎた避寒桜をみて、呑川沿いに出て、川沿いの桜のつぼみが大分膨らんでいるのを見つけた。 その後、以前母とよく立ち寄った花やには、赤色のクリスマスローズが安価で数多くあった。 そこで、友人はパンジーを買い、私はパセリを求めた。
今は、こぶしの花、花は似ているが、少し大きめな木蓮の花が同時に咲いている。 白い木蓮は花を多くつけてはいても、なんだか少しさびしげに見えると思うのは私だけかしら? 梅、桃、とピンク色の花の後は白い花、黄色のジャスミン、さんしゆ、先日書いた万作など、これからしばらくは、楽しみだけれど、この久が原あたりでもお庭が小さくなって、花の名前を確かめながら歩く喜びがだんだん減っていくのは悲しいことだ。
2010年3月13日土曜日
午後から、ず~っと・・・・
ジムから戻って丁度正午近く、私より5歳年上の、長い付き合いのあった友人から電話があった。 いきなり、貴女元気?と聞かれたので「元気になりました」と答えたら「元気になったのに、電話もなければ、その電話の時、直ぐにでも来るような話だったのに、連絡もないし、貴女が今元気なのなら、このまま、お付き合いは止めます」と言いなり、電話が切れた。 その方もお風呂場で頭を打って、私の入院より少し前、入院なさっていた。 その彼女の御様子はお嫁さんから詳しく伺っていた。
そのことがどういうことか、私はしばらく考えた。 私の連絡しなかった理由は? 家の修理で忙しかった、お付き合いして下さる友人が近く大勢に出来た。 彼女に今までのように振り回されたくない。 利用されるばかりで不快等々。 たとえば彼女が入院することになって、御自分には御子息もお嫁さんもお孫さんもあるのに、私に入院するためのハブラシ、タオル,テッシュなどを持ってきて、と頼まれたことがあった。
今までも、私の中では、何時も利用されている気がしていて、強いてこちらから電話をすることは少なかったと思う。結婚前からのお友だちではあったけれど、私は彼女の身勝手な生き方には、どうしても同調することが出来なかった。 彼女は19歳で無理やり親に強いられて、愛情のもてない相手と結婚させられたことを不満に思って、三人の方と今でいう不倫があり、正当化するためか、その方々を紹介された。
午後から、ず~っとその言葉を考えて何ともやりようのない気分で、下の妹に電話した「丁度よかったじゃない!」と妹は言った。 それでもなんだか気が落ち着かないので、何時もの易の先生に電話した。(先生にも以前御紹介したことがあったので・・・)先生も同じお答え「縁が切れてよかったわよ!」と仰った。
自分の気持ちを治めるために、ブログに思いを述べる事はよいことではないのかもしれない、でも私の中でまだふっきれない思いがある。 彼女が私より先が短い。5歳も年上であるということ。
そのことがどういうことか、私はしばらく考えた。 私の連絡しなかった理由は? 家の修理で忙しかった、お付き合いして下さる友人が近く大勢に出来た。 彼女に今までのように振り回されたくない。 利用されるばかりで不快等々。 たとえば彼女が入院することになって、御自分には御子息もお嫁さんもお孫さんもあるのに、私に入院するためのハブラシ、タオル,テッシュなどを持ってきて、と頼まれたことがあった。
今までも、私の中では、何時も利用されている気がしていて、強いてこちらから電話をすることは少なかったと思う。結婚前からのお友だちではあったけれど、私は彼女の身勝手な生き方には、どうしても同調することが出来なかった。 彼女は19歳で無理やり親に強いられて、愛情のもてない相手と結婚させられたことを不満に思って、三人の方と今でいう不倫があり、正当化するためか、その方々を紹介された。
午後から、ず~っとその言葉を考えて何ともやりようのない気分で、下の妹に電話した「丁度よかったじゃない!」と妹は言った。 それでもなんだか気が落ち着かないので、何時もの易の先生に電話した。(先生にも以前御紹介したことがあったので・・・)先生も同じお答え「縁が切れてよかったわよ!」と仰った。
自分の気持ちを治めるために、ブログに思いを述べる事はよいことではないのかもしれない、でも私の中でまだふっきれない思いがある。 彼女が私より先が短い。5歳も年上であるということ。
2010年3月8日月曜日
春の花ばな
今日、池上方面に歩いて行く途中、沿道に何本か植えてあるこぶしの花が咲きそうになっているのを見た。
今年は温かくなったかと思うと、突然雪が降ったりと気候峨不順の所為か、花の咲き方も乱れているような気がする。
我が家の狭い庭でも、福寿草がいつの間にか咲き、一輪草もひそやかに片隅に群がって咲いていた。 その花の数も年ごとに減って来ている気がするけれど、季節を忘れず咲いてくれるのは嬉しい。
亡夫の母が、結婚する前の私に「秋田に住んでいたころ、裏山にまんさくが沢山咲いていた」と話してくれて、その頃私はまんさくの花がどんな花か知らなかった。
それからずいぶん経って、私の母がお茶の花として、まんさくの木を庭に植えた。 可也の古木で以前より小さくなってしまった庭には不適切なほどその木は大きくなっている。 二人の母はとっくに亡くなったものの、まんさくは今年も見事に花をつけている。 今は他人様に家を貸りて頂いているが、側を通ってみて、地味だけれど枝を広げて静かに咲いている枝を一本切って、仏壇に供えたかったけれど、私の背には届かなかった。
今年は温かくなったかと思うと、突然雪が降ったりと気候峨不順の所為か、花の咲き方も乱れているような気がする。
我が家の狭い庭でも、福寿草がいつの間にか咲き、一輪草もひそやかに片隅に群がって咲いていた。 その花の数も年ごとに減って来ている気がするけれど、季節を忘れず咲いてくれるのは嬉しい。
亡夫の母が、結婚する前の私に「秋田に住んでいたころ、裏山にまんさくが沢山咲いていた」と話してくれて、その頃私はまんさくの花がどんな花か知らなかった。
それからずいぶん経って、私の母がお茶の花として、まんさくの木を庭に植えた。 可也の古木で以前より小さくなってしまった庭には不適切なほどその木は大きくなっている。 二人の母はとっくに亡くなったものの、まんさくは今年も見事に花をつけている。 今は他人様に家を貸りて頂いているが、側を通ってみて、地味だけれど枝を広げて静かに咲いている枝を一本切って、仏壇に供えたかったけれど、私の背には届かなかった。
2010年3月6日土曜日
帝国ホテルのバイキング?
昨日、上の妹が「帝国ホテルのサービス券があって、今度上京する時までは期限がもたないので、今日利用したいので出てこれる?」と電話があった。 即座に私は12階のバイキングにしない、と応えて、昨日はポカポカした春日和だったので喜んで出かけた。
先日恵比寿のウエスティン・ホテルで下の妹のお誕生日祝いをバイキングで試したが、以前に比べて内容が少し劣っている気がしたが、帝国ホテルはいかがか?という気もあった。 妹の夫は度々帝国ホテルを利用しているので、サービスする人も丁寧なご挨拶をする。
以前に比べて、お得意様と普通人?との差別が顕著になった気がした。 私の夫だって犬丸氏とは「おい、ワンちゃん」の仲だったし、お頼まれして色々なショウを ”シアター・レストラン”に提供したりしていたこともあったのに~今は昔の物語・・・。
ところで、料理の内容は前にも思ったが前菜が充実していたが、お勧めと言われたエスカルゴはほんの二粒、
人気のローストビーフはローストポークが売りで、ビーフはパイずつみになっていた。 デザートは果物アイスクリーム類、小さなケーキなどはウエスティンとほぼ同じ、 コーヒーはウエスティンの方が(別料金)なので)お代わり自由で、おいしかった。 全体的に見て、料理の質、種類はやはり帝国の方が値段も高いしだけあって、よかったのかしら? ごちろうさまでした。
先日恵比寿のウエスティン・ホテルで下の妹のお誕生日祝いをバイキングで試したが、以前に比べて内容が少し劣っている気がしたが、帝国ホテルはいかがか?という気もあった。 妹の夫は度々帝国ホテルを利用しているので、サービスする人も丁寧なご挨拶をする。
以前に比べて、お得意様と普通人?との差別が顕著になった気がした。 私の夫だって犬丸氏とは「おい、ワンちゃん」の仲だったし、お頼まれして色々なショウを ”シアター・レストラン”に提供したりしていたこともあったのに~今は昔の物語・・・。
ところで、料理の内容は前にも思ったが前菜が充実していたが、お勧めと言われたエスカルゴはほんの二粒、
人気のローストビーフはローストポークが売りで、ビーフはパイずつみになっていた。 デザートは果物アイスクリーム類、小さなケーキなどはウエスティンとほぼ同じ、 コーヒーはウエスティンの方が(別料金)なので)お代わり自由で、おいしかった。 全体的に見て、料理の質、種類はやはり帝国の方が値段も高いしだけあって、よかったのかしら? ごちろうさまでした。
2010年3月4日木曜日
石焼き芋
先月、美容院に行った帰り道、小腹がすいていたせいもあって、近所の八百屋さんで何年かぶりで焼き芋を買った。 太さは10センチくらい、長さは20センチほどもある石焼き芋で、帰宅して食べ始めたものの、四分の一も食べられない。
翌日、生まれて初めて、諒ちゃん一家が上京して、妹と私をフレンチに招待してくれることになっていたので、もしかして、諒ちゃんのパパ、ママ達と妹が食べてくれるかも知れないと思って、少し重かった(ホント)けれど、持っていった。
その日はフレンチを頂いたので、誰も興味を示さなかったけれど、後で聞いたら離乳食を始めた、諒ちゃんもパパも妹も食べてくれたとか、更に驚いたことに、妹は余りを京都までもって帰って妹の夫の口にまで入ったと聞いて、驚いた。 石焼き芋など、求める事が無いらしくて「今度京都に行く時お土産に石焼き芋を持って行こうかしら」と、まんざら冗談でもなく、そう思った。 ホントに私の顔ほどの大きさのサツマイモを石焼きとはいうものの、あんなに上手に焼けるものだと、感心した。
昔懐かしい食べ物が、だんだんこの世の中から消えてしまう気もして、あの、千鳥町の八百屋さんに、来年も石焼き芋を焼いてくださいね、と約束をとっておこうと思う。
翌日、生まれて初めて、諒ちゃん一家が上京して、妹と私をフレンチに招待してくれることになっていたので、もしかして、諒ちゃんのパパ、ママ達と妹が食べてくれるかも知れないと思って、少し重かった(ホント)けれど、持っていった。
その日はフレンチを頂いたので、誰も興味を示さなかったけれど、後で聞いたら離乳食を始めた、諒ちゃんもパパも妹も食べてくれたとか、更に驚いたことに、妹は余りを京都までもって帰って妹の夫の口にまで入ったと聞いて、驚いた。 石焼き芋など、求める事が無いらしくて「今度京都に行く時お土産に石焼き芋を持って行こうかしら」と、まんざら冗談でもなく、そう思った。 ホントに私の顔ほどの大きさのサツマイモを石焼きとはいうものの、あんなに上手に焼けるものだと、感心した。
昔懐かしい食べ物が、だんだんこの世の中から消えてしまう気もして、あの、千鳥町の八百屋さんに、来年も石焼き芋を焼いてくださいね、と約束をとっておこうと思う。
2010年3月1日月曜日
我が家の修理も・・・
我が家も昭和57年に建ててから、もう28年?になる。 途中浴室と台所は改修したけれど、色々不都合も出て来たし、これ以上年をとると面倒なこともあるので、思い切って、先ず屋根の修理に始まり、洗面所の洗面台などを入れ替え、ガスコンロも入れ替えた。 やっと、終わったと思ったら、ガス給湯器の具合がどうもよくない,当初寒さのせいで点火がうまくいかないのかしら?と思っていたが、調べていただいたら、もう17年も経っている事がわかった。
思い切って、それも替えることにして、ようやく大安心。 途中私が入院したりしたこともあって、全部終わるのに一年かかってしまった。 昨日から実に快適に過ごしている。 お風呂などはボタンを押してから15分で沸く。 だだ、吃驚したのは、音声で「もうすぐお風呂が沸きます」と言って、そのあと2,3分でメロディが流れて華やかに「お風呂が沸きました!」と可也大きな声で知らせてくれる。 お隣に聞こえるのではないかしら? 色々なところでエコになるのではないかしら?とこれも楽しみにしている。
思い切って、それも替えることにして、ようやく大安心。 途中私が入院したりしたこともあって、全部終わるのに一年かかってしまった。 昨日から実に快適に過ごしている。 お風呂などはボタンを押してから15分で沸く。 だだ、吃驚したのは、音声で「もうすぐお風呂が沸きます」と言って、そのあと2,3分でメロディが流れて華やかに「お風呂が沸きました!」と可也大きな声で知らせてくれる。 お隣に聞こえるのではないかしら? 色々なところでエコになるのではないかしら?とこれも楽しみにしている。
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