2012年4月24日火曜日

凛ちゃん、安らかに・・・

あれから、二週間、長い日が過ぎたような、つい最近のような・・・彼は今天国への階段を登って行っているのだろうか?

こんなに小さい子の葬儀に出たのは初めてのことだった。  安らかに・・・。
甥たち家族は浦和に住んでいるので、近所の葬祭所でお通夜が行われ、ひどい雨にもかかわらず、150人以上の方々がお通夜の弔問に来てくださった。 我が子をわずか5か月で失った甥とその嫁の悲しさは口で言い表すことはできない。 言葉をかわすことさえ、はばかられる。 

母親は、小さな棺の我が子に何度も、何度も顔をつけて涙を流しながらほほずりをしていた。  父親である甥は喪主でもあるわけで、弔問に来て下さる方々に気を遣わなくてはならず涙を流すのを見たのは、通夜が過ぎ葬儀が始まった時、初めて涙を流すのを見た。 

こんなこと、こんなに小さい棺を見たのはホントに初めての事、神様!何があって、こんなに小さく、清らかな子をお召しになったのですか? 彼はこんなに短い間にすべえの事をし終えたということでしょうか?  教えてください!

2012年4月23日月曜日

こんな悲しいことが起こっていいものだろうか?

4月10日の朝9時に、小学生のころ2年間、両親がアメリカへ赴任していた間、私宅で預かって小学校へ通っていた甥から、電話があった。「R。が今朝、亡くなりました」と・・・。

電話はすぐ切れた。 「何言ってるの!?」私はしばらく理解できなくて、茫然としていた。  祖母である下の妹にすぐ電話した。 その朝、突然、甥が抱き上げた時には亡くなっていたということだった。 妹のすすり泣く声にわたしも事実であることを信じざるを得なかった。  

先日、お姉ちゃまの卒業式が大崎広小路のユーボートであったので、下の妹と二人で預かって少しの間楽しい時間をすごしたのが、彼との最後の時間だった。 黒目がちの目で私をじ~っと見つめてくれたのは?

余りにも突然のことだったので、甥とその嫁の悲しみはいくばかりか?  
私は彼の写真を置いて、49日まで、お水を供えて、冥福と心静かな昇天を祈るつもり。

2012年4月8日日曜日

さくら

今年は、気温が低いせいか、風がないせいか桜の花が長持ちしている気がする。
例年特に桜を見に行くこともないけれど、今日は桜が満開ということと、特にしなければならないことも無かったので、ご近所のお友達を誘って、あたりを散策しながらお花見をしようと、当てもなく歩いているうちにバス停が近かったので、田園調布に行ってみよう、と話がまとまって、途中の桜も見ながら田園調布に向かった。

駅前から放射状にある道も秋のイチョウはかなり見応えがあるが、桜は?といぶかりながらバス停から今まで歩いたことのない道を歩いていくと東急線を見下ろす坂沿いに、見事な桜並木を見つけ、友人は写真を撮りながら、殆ど満開の桜を楽しんだ。 行きかう人々もゆったりと頭上の花を眺めたり、立ち止まって写真を撮ったりしていた。  後でお隣の奥様から伺ったところによれば(多分?)この道は福山雅治?さんが歌っている’桜坂”ではないかしら?  それほど込み合ってはなく、友人と”お茶”もするこもなく、少し歩き疲れたがお互い充分 ”サクラ”を楽しんだ午後を過ごすことができた。

2012年4月1日日曜日

疲れた!

いろいろなことがかたずいて、今日は今年三回目の料理教室。

お天気はいいのに朝から疲れて、いまいちやる気が出ない。  年を取ると疲れが出てくるのが遅いというが?   昨日ジムの帰りに一旦家に戻らず今日の料理の材料の湯葉を求めに雪谷まで行った。  また出直すのも面倒だったので、いろいろ材料を求めてかなり重くなったのに加えて、バスを降りたら春の嵐! 雨あしが強くたたみ傘は折れそうだったので傘を閉じたり開けたりしながら人っ子一人居ない坂道を情けない思いで家に文字通りなだれ込んだ。  料理教室をつずけるのも、難しかな~と思いながら・・・。

ただ、遠路通ってくださる生徒さん達は今日も喜んで通ってくださる。

何しろ、隣の空き家の修理が意外に長引き、なるべくかかわりを持たないように努めたものの、要所要所には業者との交渉が必要になり、時を待たずに入居してくださる方を決めるためにまたその方面の業者と交渉を持ち、支払などは一部下の妹に助けてもらったが、やっとこれで終わり!と思ったらちょっとした付帯工事が必要とになり、新しく入って下さる方が早めに決まったものの、そのご家族が上海から~帰国される方ということで、気を使うこともあった。

その間にも、関西に住む友人が上京されたので、一日お付き合いをし、京都の妹と大泉学園の易の先生宅に行き、また帝国ホテルに招いていただいたり、そしてようやく業者との最後の〆が昨日終わった。  何しろ私自身も年取ってきて物忘れがひどいのに、担当業者がピリッとしてなくて、最後の判を押すのも「ここ、割り印でしょう?」と私が指示する始末。  あ~あ、やっと終わった!という感じ。