昨日は午前中書道教室に行った後、特に予定もなかったので、ふと思いついて先日買っておいた金時芋でスィートポテトを作った。 一人で食べたら又肥るもと。 ジムのお友達をお呼びしてお茶する事にした。 何時もの二人は予定があって、一人だけ来てくださった。 少し経ってミサワのUさんが月曜日の打ち合わせに見えたので、一緒にお茶することにした。
奇遇というか、お友達のご子息とUさんとは会社は異なるが職業が同じ業種で更にその前に入社試験を受けた会社も同じだという。 お友達はすっかり母親の感じで接していらっしゃった。 色々話している中で、私はジムの帰り道大々的にロケをやっている側を通った・・・と話し始めた。 お友達は「それは多分木曜日の山田太一脚本の「ありふれた奇跡」のロケに違いない、と仰り、池上辺りでもロケをしていたらしい・・・と。
偶然三人ともそのドラマを見ていたので話が通じ合った。 このドラマは久しぶりの現実的というか、真面目なもので、私も子供を持つことが出来なかった一人なので、可也気になりながら毎週見ることにしている。 そう言えば私がそのロケの側を通り抜けた時、アパートの階段を駆け上がって行ったのは陣内孝則さんだったかな?
当然多くのスタッフさん達は私が通り抜けるため、道を譲って「ご通行人が通られます」と道を開けてくださった。 私は「通行人が通ります」と言いながら急いでその坂を通り過ぎた。それにしても、その際両手に沢山の缶ビールの入ったレジ袋、缶ジュースを下げて行ったADさんは? これから昼食としても? 撮影中に誰が? ビールを?
2009年2月28日土曜日
2009年2月27日金曜日
おくりびと
日本の映画「おくりびと」がオスカー賞をとったというので、朝から晩までそのニュースがテレビで流されている。
最近無い明るいニュ―スなので、このことが日本経済にプラスになるかしら?などと誰もが考えるに違いない。
ところで、私はこの映画を見たわけではないのでこの「おくりびと」が多分亡くなった方の遺体を納棺する作業をする方のことを指しているのだろう・・・、と理解している? 主演俳優の本木さんが遺体に化粧を施し、死装束に着替えさせているカットを何度かテレビ画面で見た。 その儀式の美しさに誰もが感動を覚えたものと思う。
ところで、現実にこの年になれば何人もの身近な人人との別れを体験している私にとって、おくりびとの存在を見たことは無い。 「おくりびと」は葬儀社の方が勤めて下さり、納棺もその方方がしてくださり、むしろ遺族には立ち合わせないようにしているような気がする。
私がまだ五歳の頃、父の義母がお風呂で亡くなった。 その時私は当時の日本製鉄所の社宅の門の前の道路で祖母の死を、今で言う、お手伝いさんから知らされた。 その祖母は私をでき愛してくれていたが、家の中に入って見たら、父が祖母の背中をさすって水を吐かせているのが見えた。 その後中の間の六畳で、祖母は眠るように横たわっていた。 その時も「子供はあっちへ行って!」と追われた。
次に印象的なのは夫の母の死だった。 結婚してから二年目の事で、夫は日劇ダンシング・チームと一緒に、日本人としては初めての台湾に、団長として公演に出張中だった。 夫は会社の好意で一時帰宅して葬儀を済ませる事が出来た。 その際も既に納棺された母と夫は対面した。 涙も流さなかった夫を私は少し悲しい思いで見つめた思い出がある。
次は・・・・? 色々悲しい現実が迫ってくる。
最近無い明るいニュ―スなので、このことが日本経済にプラスになるかしら?などと誰もが考えるに違いない。
ところで、私はこの映画を見たわけではないのでこの「おくりびと」が多分亡くなった方の遺体を納棺する作業をする方のことを指しているのだろう・・・、と理解している? 主演俳優の本木さんが遺体に化粧を施し、死装束に着替えさせているカットを何度かテレビ画面で見た。 その儀式の美しさに誰もが感動を覚えたものと思う。
ところで、現実にこの年になれば何人もの身近な人人との別れを体験している私にとって、おくりびとの存在を見たことは無い。 「おくりびと」は葬儀社の方が勤めて下さり、納棺もその方方がしてくださり、むしろ遺族には立ち合わせないようにしているような気がする。
私がまだ五歳の頃、父の義母がお風呂で亡くなった。 その時私は当時の日本製鉄所の社宅の門の前の道路で祖母の死を、今で言う、お手伝いさんから知らされた。 その祖母は私をでき愛してくれていたが、家の中に入って見たら、父が祖母の背中をさすって水を吐かせているのが見えた。 その後中の間の六畳で、祖母は眠るように横たわっていた。 その時も「子供はあっちへ行って!」と追われた。
次に印象的なのは夫の母の死だった。 結婚してから二年目の事で、夫は日劇ダンシング・チームと一緒に、日本人としては初めての台湾に、団長として公演に出張中だった。 夫は会社の好意で一時帰宅して葬儀を済ませる事が出来た。 その際も既に納棺された母と夫は対面した。 涙も流さなかった夫を私は少し悲しい思いで見つめた思い出がある。
次は・・・・? 色々悲しい現実が迫ってくる。
2009年2月21日土曜日
ストレス?
今朝、食事をしようとテーブルについたら、急に首の後ろに異様な感じがして、このまま気分が悪く倒れてしまうのかしら?と思った。 しばらくじっとしてサロンパスを貼っていたら治まったので朝食をして健美操に出かけた。
外は北風が強く、思いのほか冷えていてジムまでの距離が可也遠く感じるほどだった。 健美操は何時もの様に満員御礼の状態。 いきなりインストラクターが「首とか腰に痛みとかストレスを感じる時は、首を動かしたり腰をゆすったり、しないで下さい。 そういう時は20分位安静にして、その部分を暖めてください」と仰った。 まるで、私のことを分かっていらっしゃるようだった、というか今時はストレスを感じ易い季節なのかもしれない。
その後、首と腰のゆっくりした体操をした。 ずい分楽になった気がした。
昨日の午後はじっと家にいて屋根の修繕の事ばかり考えていたので、首がこってしまったのかしら? 工事の人が入るとお茶を出したりすることになり、しばらくジムにも行けないかしら?と考えてしまう。
今日、夕方「お夕食時に申し訳ございません」と男性の声がした。 「ミサワホームからまいりました」と大変丁寧に遠慮深げな方なので、訝りながら中に入っていただいた。 名刺を見てその方は東京ミサワから来た事がわかった。「大変綺麗になさっていっしゃいますね」に始まり途中で私は、そうだ!先日のミサワのホームページに応募して、今後リホームの予定がある、というところにレ点を入れたのでわざわざ新宿から尋ねて来られたのだ、ということに気ずいた。 その方は50歳くらいの方で、私が契約したときの方の名前(27年前!)を言われた。 結局実情を話して理解していただき、その方は最後まで丁寧に応対して、丁寧に頭を下げて帰られた。 ご苦労様でした。
外は北風が強く、思いのほか冷えていてジムまでの距離が可也遠く感じるほどだった。 健美操は何時もの様に満員御礼の状態。 いきなりインストラクターが「首とか腰に痛みとかストレスを感じる時は、首を動かしたり腰をゆすったり、しないで下さい。 そういう時は20分位安静にして、その部分を暖めてください」と仰った。 まるで、私のことを分かっていらっしゃるようだった、というか今時はストレスを感じ易い季節なのかもしれない。
その後、首と腰のゆっくりした体操をした。 ずい分楽になった気がした。
昨日の午後はじっと家にいて屋根の修繕の事ばかり考えていたので、首がこってしまったのかしら? 工事の人が入るとお茶を出したりすることになり、しばらくジムにも行けないかしら?と考えてしまう。
今日、夕方「お夕食時に申し訳ございません」と男性の声がした。 「ミサワホームからまいりました」と大変丁寧に遠慮深げな方なので、訝りながら中に入っていただいた。 名刺を見てその方は東京ミサワから来た事がわかった。「大変綺麗になさっていっしゃいますね」に始まり途中で私は、そうだ!先日のミサワのホームページに応募して、今後リホームの予定がある、というところにレ点を入れたのでわざわざ新宿から尋ねて来られたのだ、ということに気ずいた。 その方は50歳くらいの方で、私が契約したときの方の名前(27年前!)を言われた。 結局実情を話して理解していただき、その方は最後まで丁寧に応対して、丁寧に頭を下げて帰られた。 ご苦労様でした。
2009年2月20日金曜日
屋根の修繕の・・・
九日に、屋根の修繕その他の契約をするはずだったが、渋谷の上の妹宅へ泊って、時間通り帰宅できなかったのとミサワが休日だったので、三日のばして、昨日契約することになった。
屋根瓦の修復だけでなく防蟻のための処置、玄関の床の修理などを含めて総額百七十万余りになった。 当初百三十万と思って金策をしていたのだけれど、その中には消費税、とか廃棄物処理代とかいろいろ加わって予定を上回ってしまった。 さあ、困った。 しかも支払いは契約時、着工時、完成時と三回に分けてキッチリ支払うことになっている。
契約が予定より遅れたのと土、日曜日が重なるので、セッカチな私は今日の午前中雨の中を池上の銀行に行って、初回金をを振込んだ。 そして、預金通帳を確かめたら、七十万が、証券会社から入っているはずのものが、まだ入金してなかった。 きりきりのところで、初回金を支払ってから証券会社に電話をして、月曜日までに入金してくれるように依頼し、更に郵便局に電話し定額預金をくずすことに決めて、ようやくホッとした。
これで、少し余裕をのこして、すべての修繕が出来るだろう。 着工日を易の先生に伺って、三月二日に決まった。 後はお天気がつずいて工事がすべて巧く行くように祈るばかりだ、そしてその上、昨日係りのイケ面青年が勧めてくれたミサワホームのホームぺージの懸賞金五百万円が当たるのを祈るばかり・・・・。
屋根瓦の修復だけでなく防蟻のための処置、玄関の床の修理などを含めて総額百七十万余りになった。 当初百三十万と思って金策をしていたのだけれど、その中には消費税、とか廃棄物処理代とかいろいろ加わって予定を上回ってしまった。 さあ、困った。 しかも支払いは契約時、着工時、完成時と三回に分けてキッチリ支払うことになっている。
契約が予定より遅れたのと土、日曜日が重なるので、セッカチな私は今日の午前中雨の中を池上の銀行に行って、初回金をを振込んだ。 そして、預金通帳を確かめたら、七十万が、証券会社から入っているはずのものが、まだ入金してなかった。 きりきりのところで、初回金を支払ってから証券会社に電話をして、月曜日までに入金してくれるように依頼し、更に郵便局に電話し定額預金をくずすことに決めて、ようやくホッとした。
これで、少し余裕をのこして、すべての修繕が出来るだろう。 着工日を易の先生に伺って、三月二日に決まった。 後はお天気がつずいて工事がすべて巧く行くように祈るばかりだ、そしてその上、昨日係りのイケ面青年が勧めてくれたミサワホームのホームぺージの懸賞金五百万円が当たるのを祈るばかり・・・・。
2009年2月17日火曜日
受賞記念の祝賀会
14日バレンタイン・デーに遅ればせながら、義弟の旭日中授賞を受けたのを祝う会を開いた。 義弟が忙しく遂に年明けになってしまった。 下の妹と甥とが当初から会場選びその他に尽力してくれて、ともかく場所を決めるのが大変だった。 14日はバレンタイン・デーでしかも土曜日なのでそれも場所選びに苦労したことの一つだった。
2,3候補が決まってからも、交通の便、貸し室料金などの問題も起きてくる。 ようやく色々決まったら、今度は席順のことで下の妹は切りきりまで悩んでいた。 親戚関係と言うのは別の意味で難しい事がある。 受賞者の妹夫妻を中心に年上順に席を決めるのが一番妥当なのだけれど、個人的に色々主張があって、聴いていたらキリがない。
この度は妹と相談して、男、女と順々に席を定め、夫妻を並べないように苦労した。 親戚の中でも気の会う会わない、が在るが、それを気ずかっていたらキリがない。 それでも総勢13人全員が出席してくださって、義弟も嬉しかっただろう。 料理もフランス料理としてはさっぱりしていたが、まあまあだったと思った。
私は中では一番年長なので、弟が乾杯の音頭をとった後一番に祝辞述べることになっていたが、立ち上がって周りを見た瞬間妙に上がってしまって、声がかすれてしまった。 焦れば焦るほど、声は上ずってきてしまい我なが恥ずかしい事態に抑えようもなくなった。
次に、義弟が挨拶して、下の妹の夫、姪の夫、下の妹の次男、何時も司会を押し付けられている下の妹の長男の順に祝辞というか、思い出話をして盛り上げてくれた。 最後に姪のオメデタの報告を私がする予定だったのを待ちきれず、カットインして喋り、皆が喜んでそれぞれに姪に感想を言うのを聞いて、ようやくホッとした。
会が終了後、何人か残って下でまたお茶を飲んで、甥について近所の餃子有名な’天龍’に寄って、甥は餃子を求め私は50年以上前その近所のビルの会社に一年間お遊び勤務をしていて、そのお店に行った事を懐かしんだ。
2,3候補が決まってからも、交通の便、貸し室料金などの問題も起きてくる。 ようやく色々決まったら、今度は席順のことで下の妹は切りきりまで悩んでいた。 親戚関係と言うのは別の意味で難しい事がある。 受賞者の妹夫妻を中心に年上順に席を決めるのが一番妥当なのだけれど、個人的に色々主張があって、聴いていたらキリがない。
この度は妹と相談して、男、女と順々に席を定め、夫妻を並べないように苦労した。 親戚の中でも気の会う会わない、が在るが、それを気ずかっていたらキリがない。 それでも総勢13人全員が出席してくださって、義弟も嬉しかっただろう。 料理もフランス料理としてはさっぱりしていたが、まあまあだったと思った。
私は中では一番年長なので、弟が乾杯の音頭をとった後一番に祝辞述べることになっていたが、立ち上がって周りを見た瞬間妙に上がってしまって、声がかすれてしまった。 焦れば焦るほど、声は上ずってきてしまい我なが恥ずかしい事態に抑えようもなくなった。
次に、義弟が挨拶して、下の妹の夫、姪の夫、下の妹の次男、何時も司会を押し付けられている下の妹の長男の順に祝辞というか、思い出話をして盛り上げてくれた。 最後に姪のオメデタの報告を私がする予定だったのを待ちきれず、カットインして喋り、皆が喜んでそれぞれに姪に感想を言うのを聞いて、ようやくホッとした。
会が終了後、何人か残って下でまたお茶を飲んで、甥について近所の餃子有名な’天龍’に寄って、甥は餃子を求め私は50年以上前その近所のビルの会社に一年間お遊び勤務をしていて、そのお店に行った事を懐かしんだ。
2009年2月11日水曜日
私の金策?
この際、僅かではあるが私の預金その他の整理をしておこうと思い始めた。
普段お財布代わりに使っている通帳の外に、少しずつの預金がある。 その一つにはおよそ27万円ほどの預金があった。 早速それを整理した。 次に証券会社を調べてみて、今は動かすべきではないが、関係のないモノが75万円あった。 あ~あ、助かった! これでおよそ100万円は確保出来そうだ。
ようやく、落ち着いて普段の生活をする事ができる・・・と思った。 なんとも一人と言うのは情けないもので相談する相手が無い。
昨年は預金に関心が無く、ほんの僅かずつだけれど消費が多かった。 反省! やはり生きている限りは少しずつでも預金を心がけねばならないのだと、自分に言い聞かせた。 「ハイ、頑張ります!」自問自答。
でも、しみじみ感じる「捨てる神あれば、拾う神あり・・・かな?
普段お財布代わりに使っている通帳の外に、少しずつの預金がある。 その一つにはおよそ27万円ほどの預金があった。 早速それを整理した。 次に証券会社を調べてみて、今は動かすべきではないが、関係のないモノが75万円あった。 あ~あ、助かった! これでおよそ100万円は確保出来そうだ。
ようやく、落ち着いて普段の生活をする事ができる・・・と思った。 なんとも一人と言うのは情けないもので相談する相手が無い。
昨年は預金に関心が無く、ほんの僅かずつだけれど消費が多かった。 反省! やはり生きている限りは少しずつでも預金を心がけねばならないのだと、自分に言い聞かせた。 「ハイ、頑張ります!」自問自答。
でも、しみじみ感じる「捨てる神あれば、拾う神あり・・・かな?
2009年2月10日火曜日
金策に頭は一杯!
10日ほど前、この家の建築をお願いしていたミサワ・ホームの久が原出張店から電話があって「お宅様の建築をさせていただいてから、もう27年になります。 そろそろ床下のシロアリ防除の薬も効かなくなっていますし、その他お困りの事はありませんか?」という電話があり、2.3日してからドアーフォンが鳴って「ミサワホームですが」と今度は男性の声。 その日は特に予定もなかったので入って頂いて、以前から気になっていた二階の天井のシミを見ていただき、玄関の辺りの床も今年は修繕しなければ・・・と、思い切って修繕を考えなければならない状況になって来た。
そして、一昨日屋根や、塗装やそれにミサワの社員三人が見積もりを作るための下見に訪れた。 家の前に車がどやどやと3台止まって5人もの人が外に立っていた。 屋根やさんは梯子でするすると屋根に登り、塗装やさんは周りの塀や家の周りをくまなく見ていた。 もう、こうなったら逃れようもない。 というか以前五反田の家で天井から水漏れを気にしないというか、資金が無くて、酷い事になった経験があるので、この辺りで修繕するのが得策かもしれないと思った次第。 ただ、下の妹が気を遣いながら言ったように私も80歳まで後2年、両親と同じ年まで永らえるとしてもあと10年あまり・・・? 誰かどうしたら言いか教えて?
次に考えなければならないのは、資金。 困った事に、昨年7月と11月にゆうちょうに100万円ずつ入金してしまった。 どのくらい用意すればいいの?との私の問いに、200万位?と背の高いハンサムな青年社員は事も無げに言う。
この後私が悩みに悩んでどういう風に持って言ったかは、次回に・・・。
そして、一昨日屋根や、塗装やそれにミサワの社員三人が見積もりを作るための下見に訪れた。 家の前に車がどやどやと3台止まって5人もの人が外に立っていた。 屋根やさんは梯子でするすると屋根に登り、塗装やさんは周りの塀や家の周りをくまなく見ていた。 もう、こうなったら逃れようもない。 というか以前五反田の家で天井から水漏れを気にしないというか、資金が無くて、酷い事になった経験があるので、この辺りで修繕するのが得策かもしれないと思った次第。 ただ、下の妹が気を遣いながら言ったように私も80歳まで後2年、両親と同じ年まで永らえるとしてもあと10年あまり・・・? 誰かどうしたら言いか教えて?
次に考えなければならないのは、資金。 困った事に、昨年7月と11月にゆうちょうに100万円ずつ入金してしまった。 どのくらい用意すればいいの?との私の問いに、200万位?と背の高いハンサムな青年社員は事も無げに言う。
この後私が悩みに悩んでどういう風に持って言ったかは、次回に・・・。
2009年2月6日金曜日
朝から一人でバタバタ
今日は”書道”のある日だと思い込んでいた。 その前に・・・近所の医院に薬を頂きに行かなければとあせりまくって九時半に家を出る。 患者さんは二人だけで早目に済ませることが出来た。 一旦家に戻り、書道の道具をもってクラブへ急いだ、どうも様子が変だ、受付の方に「今日第二金曜日よね?」と尋ねた。 彼女はカレンダーを確かめて「今日は第一です」と言う。「間違えた!」 今更ジムに行くのも気が進まないので。家に戻って掃除。
午前11時ごろ電話が鳴った。 青山学院時代のお友達で2年くらい前から近くのマンsンに引っ越して来られたが、まだお会いできず、先日のクラス会にもいらっしゃらなかった。 今日二人のお友達と銀座で会うので、もし出来たらいらっしゃらない? とのお誘いだった。 今日は午後2字からジムの仲間とお茶することになっていたし、急なことなのでお断りした。 先日のクラス会でも感じたけれど、クラス会には出ないけれどグループでは度々会っていらっしゃるらしい。 次の機会には参加させてくださいと応えた。 そのお友達が今日お会いになるお友達達は旧姓でしか私には思い出せなかった。
午後ジムのお友達とお茶する約束をしていて、今日は簡単に先日頂いていたフルーツケーキとお茶だけ、メインは世間話。 私の知らない地方の未だに残っている風習のこと、社会問題、政治の事など若い世代との話は尽きない。
無論何方も、働いた経験があるので、話も中中興味がある。 逆に彼女等にとって私は母親くらいの年齢なので、又参考になる所もあるようだ。
午前11時ごろ電話が鳴った。 青山学院時代のお友達で2年くらい前から近くのマンsンに引っ越して来られたが、まだお会いできず、先日のクラス会にもいらっしゃらなかった。 今日二人のお友達と銀座で会うので、もし出来たらいらっしゃらない? とのお誘いだった。 今日は午後2字からジムの仲間とお茶することになっていたし、急なことなのでお断りした。 先日のクラス会でも感じたけれど、クラス会には出ないけれどグループでは度々会っていらっしゃるらしい。 次の機会には参加させてくださいと応えた。 そのお友達が今日お会いになるお友達達は旧姓でしか私には思い出せなかった。
午後ジムのお友達とお茶する約束をしていて、今日は簡単に先日頂いていたフルーツケーキとお茶だけ、メインは世間話。 私の知らない地方の未だに残っている風習のこと、社会問題、政治の事など若い世代との話は尽きない。
無論何方も、働いた経験があるので、話も中中興味がある。 逆に彼女等にとって私は母親くらいの年齢なので、又参考になる所もあるようだ。
2009年2月4日水曜日
祝賀会の会場を見に行きました
二月十四日の義弟の受賞記念の祝賀会の場所がようやく決定したので下の妹と、打ち合わせ方々見学に行ってきた。’ホテル西洋銀座’という名称は知るひとぞ知る、という感じだけれど、その場所は私達の年頃ならば「以前テアトル東京」のあった場所です、と言えば分かりやすいのだけれど、今の方々には通じ難いだろう。 テアトル東京は日本で初めて’シネラマ’が映じられた場所で、私の記憶が正しければ、オペラ”アイーダ’が演じられた所だと思う。
私は都営地下鉄の宝町で降りて歩いて四・五分で、直ぐ分かった。 入り口は余りゴージャスとは言えないが、中に入って見るとヨーロッパ風のこじんまりした、清潔な感じのホテルで、予約した部屋も適当な広さで落ち着いた感じに見えた。 女性のコンサージュと相談して当日の献立を決めた。 妹と葡萄酒の値段が高いわね~と、特に飲めない私には強く感じた。 レストランとしてもソコが儲けどころなのだろう。
その後高島屋まで歩いていって、心ばかりの?プリサーブド・フラワーを求め。 一緒にお茶を飲んで、ついでに夕食をして帰宅。 不景気の所為か? 売り場も、食堂もガラガラ状態で驚くばかり! 私たちの入ったお店のお客は私達一組だった。
こんな状態では今年中に潰れてしまうデパートも出るかもね・・・と妹と話し合った。
私は都営地下鉄の宝町で降りて歩いて四・五分で、直ぐ分かった。 入り口は余りゴージャスとは言えないが、中に入って見るとヨーロッパ風のこじんまりした、清潔な感じのホテルで、予約した部屋も適当な広さで落ち着いた感じに見えた。 女性のコンサージュと相談して当日の献立を決めた。 妹と葡萄酒の値段が高いわね~と、特に飲めない私には強く感じた。 レストランとしてもソコが儲けどころなのだろう。
その後高島屋まで歩いていって、心ばかりの?プリサーブド・フラワーを求め。 一緒にお茶を飲んで、ついでに夕食をして帰宅。 不景気の所為か? 売り場も、食堂もガラガラ状態で驚くばかり! 私たちの入ったお店のお客は私達一組だった。
こんな状態では今年中に潰れてしまうデパートも出るかもね・・・と妹と話し合った。
2009年2月3日火曜日
今日は節分
午後五反田の銀行へ行つた行きも、帰りのバスにも多分私よりは年下なのだろうけれど、やや老年の女性が何時もより沢山乗車して来て、しかも幾つかのグループの方たちも目立っていた。 何の集まりだろう?と思って私は眺めていた。
本門寺辺りで又何人か乗って来て、その中のお一人が私の隣に座りそうに近ずいていらっしたので、私は後三停留所で降りなければならないので「どちらまでいらっしゃいます?」と尋ねたら「川崎まで」と応えられたので、「私は池上警察署前で降りますので、どうぞ窓際にお坐りください」と席を譲った。 その方は本門寺の豆まきを見にいらっしたらしく、私が席を代わったことを喜んで、拾ったばかりのマメの包みを二つ下さった。
「ミノ・モンタさんがいらっしてるのでしょう?」との私の問いにその方は「あの方はお話がお上手で今日もオレオレ詐欺に気をつけるように・・・お話になってました」そして 「余り大勢の人なので、疲れました」とのこと。「ミノさんは私達年よりに人気があるのです』ともお話になっていた。
家に戻って、そのお豆の包みと求めてきたお豆を升に入れて仏前に供えて、食後一人で小声で「鬼は外! 福は内!」と各部屋を回ってマメを撒いた」 そういえば、私は結婚した頃から夫の帰りがトテモ遅かったので、ず~っと一人で豆まきをしていたな~と思った。 ただ甥が同居していた二年間は甥が大きい声で撒いてくれたな~と懐かしく思い出した。
今年も無事で過ごせますように・・・私は毎年一人でいても豆まきは欠かさない事にしている。
本門寺辺りで又何人か乗って来て、その中のお一人が私の隣に座りそうに近ずいていらっしたので、私は後三停留所で降りなければならないので「どちらまでいらっしゃいます?」と尋ねたら「川崎まで」と応えられたので、「私は池上警察署前で降りますので、どうぞ窓際にお坐りください」と席を譲った。 その方は本門寺の豆まきを見にいらっしたらしく、私が席を代わったことを喜んで、拾ったばかりのマメの包みを二つ下さった。
「ミノ・モンタさんがいらっしてるのでしょう?」との私の問いにその方は「あの方はお話がお上手で今日もオレオレ詐欺に気をつけるように・・・お話になってました」そして 「余り大勢の人なので、疲れました」とのこと。「ミノさんは私達年よりに人気があるのです』ともお話になっていた。
家に戻って、そのお豆の包みと求めてきたお豆を升に入れて仏前に供えて、食後一人で小声で「鬼は外! 福は内!」と各部屋を回ってマメを撒いた」 そういえば、私は結婚した頃から夫の帰りがトテモ遅かったので、ず~っと一人で豆まきをしていたな~と思った。 ただ甥が同居していた二年間は甥が大きい声で撒いてくれたな~と懐かしく思い出した。
今年も無事で過ごせますように・・・私は毎年一人でいても豆まきは欠かさない事にしている。
2009年2月2日月曜日
築地市場から~初めてのもんじゃ焼き
何時ものジムの四人の仲間が築地市場を案内した後、以前から一度食べてみたいと思っていたもんじゃ焼きに連れて行ってくれるというお誘いを受けて、10時半に池上警察前のバス停で待ちあわせ、私が階段が嫌いなので、地下鉄の中延でバスを降り、エレベーターで都営地下鉄、東銀座(?)で大江戸線に乗り換え築地市場には歩いて2分ほど。 台所道具、干物、魚屋、八百屋、御茶屋、あらゆる種類の食べ物やが軒を並べていて驚くばかり。 私達はシラス専門店で生シラス、干しシラスを求めた。 シラスの好きな姪にも買って冷凍庫に保存した。 次に八百屋で赤芽芋を買った。 外にも買いたいものが沢山あったけれど、あとの事を考えて控えた。
その辺りに詳しいお友達(今日の幹事さん)に附いてそこからバスに乗って、憧れ?の月島に行く。 驚いた事に、月島の辺りは路地裏にまでギッシリもんじゃ焼きの店が並んでいる。 アチコチ覗きながら中でもお客が一杯の店を選んで入ってみる。 店内にはテレビなどでよく見る鉄板の台が沢山あり、その店は満員御礼の感じ。 アルコールに弱い私を除いて残りの三人はビールを頼んで、もんじゃの焼けるのを待つ。
三人とも上手にコテ様のスプーンをあやつつてモンジャを口に運ぶのだけれど、私にはそれが中中難しく最初はちつとも口に運ぶ事が出来なかった。三皿違う種類のものを頼んで焼いているうちにだんだん慣れて巧くなった。 材料は大したことはないが、土手をつくって流し入れるつなぎには可也出汁が入っていると見た。 見かけは余り美しいとは言えないが、味は可也満足した。
月島からまたバスに乗って銀座方面に行き、友人の一人がパールを見たいというのでリニューアルした和光に行ってみた。 その後西銀座まで歩きウエストでお茶とそれぞれ違うケーキを頼んで可也長い時間おしゃべりをして新橋まで歩いて又地下鉄に乗り帰宅。 よろよろする感じだったけれど、昨日と同じく家に着いてから疲れは残ってなかった。 天気も良かったし楽しい仲間との楽しい時間を楽しむ事が出来て幸せだった。
その辺りに詳しいお友達(今日の幹事さん)に附いてそこからバスに乗って、憧れ?の月島に行く。 驚いた事に、月島の辺りは路地裏にまでギッシリもんじゃ焼きの店が並んでいる。 アチコチ覗きながら中でもお客が一杯の店を選んで入ってみる。 店内にはテレビなどでよく見る鉄板の台が沢山あり、その店は満員御礼の感じ。 アルコールに弱い私を除いて残りの三人はビールを頼んで、もんじゃの焼けるのを待つ。
三人とも上手にコテ様のスプーンをあやつつてモンジャを口に運ぶのだけれど、私にはそれが中中難しく最初はちつとも口に運ぶ事が出来なかった。三皿違う種類のものを頼んで焼いているうちにだんだん慣れて巧くなった。 材料は大したことはないが、土手をつくって流し入れるつなぎには可也出汁が入っていると見た。 見かけは余り美しいとは言えないが、味は可也満足した。
月島からまたバスに乗って銀座方面に行き、友人の一人がパールを見たいというのでリニューアルした和光に行ってみた。 その後西銀座まで歩きウエストでお茶とそれぞれ違うケーキを頼んで可也長い時間おしゃべりをして新橋まで歩いて又地下鉄に乗り帰宅。 よろよろする感じだったけれど、昨日と同じく家に着いてから疲れは残ってなかった。 天気も良かったし楽しい仲間との楽しい時間を楽しむ事が出来て幸せだった。
2009年2月1日日曜日
どうやら無事に・・・?
昨年から、一緒に大丸に行きましょうよ~と飽きずに誘ってくださった、仲間内では「我侭な方」で通じている5歳年上のお友達と断り切れずに今日大丸に行くことになった。
家まで車で迎にきてくださると言うのを必死でお断りして、11時ごろお宅へ伺った。 およそ半年ぶりでお会いしたのだけれど、げっそり痩せて急に老けたように見えた。 半年前、肺炎で入院なさっていた時にお会いしたきりだったと思う。 時々息切れがすると仰るので、彼女の車に乗せていただくのがトテモ躊躇われた。 色々な理由を考えて電車で行くことを勧めたが、聞いていただけず、日曜日なら道も少しは空いているかも?などと考えたりして、今日に決めた。
ところが朝から物凄い風で友人の家に着くまで可也辛い思いをした。 お宅でお茶をご馳走になり少しドキドキしながら彼女の車に久しぶりで乗せていただいた。 運転するのも、大丸まで行くのも久しぶりだと仰る。 怖い?
乗っけて頂くので文句は言えないけれど、彼女はブレーキを踏むのがトテモ遅くて、初め前の車にぶつかるのではないか? 信号を無視するのではないか?と気が気ではなかったが、そのうち「ママよ」と思って馴れてきた。
以前私の誕生日にご馳走になって、そのお返しのお誕生日祝いをしていなかったので、今日はそれが一つの目的だった。 外国人とのお付き合いが多いので、物事をはっきり仰るので、何をご馳走したらいいか、迷ったが彼女が選んだポール・ボキューズの店に入って、ランチが可也安くしかもトテモ気に入って頂いて大安心。 その後は従来どうり、お供? 時計コーナーで、電池を入れその待ち時間にブルガリアの文明展を見る。 途中で息切れがするという事で早目に出る。 その後彼女はカシミアのセーターを買い、私は見るだけ。 付いて歩くのも大変。
大丸の地下街も大分変わったので、地下駐車場の入り口を見つけるのと、置いた場所を見つけるのが心配。 私がすべて探す。 次は時計売り場で私が渡した駐車券が無いと大騒ぎ、結局、彼女のコートの中にそれは、あった。
最近、妹達に気を遣わせていることの多い私が今日はトテモ気を遣わなくてはならない羽目になったわけだけれど、家に帰り着いて思ったことはその割には余り疲れなかったのは何故?
家まで車で迎にきてくださると言うのを必死でお断りして、11時ごろお宅へ伺った。 およそ半年ぶりでお会いしたのだけれど、げっそり痩せて急に老けたように見えた。 半年前、肺炎で入院なさっていた時にお会いしたきりだったと思う。 時々息切れがすると仰るので、彼女の車に乗せていただくのがトテモ躊躇われた。 色々な理由を考えて電車で行くことを勧めたが、聞いていただけず、日曜日なら道も少しは空いているかも?などと考えたりして、今日に決めた。
ところが朝から物凄い風で友人の家に着くまで可也辛い思いをした。 お宅でお茶をご馳走になり少しドキドキしながら彼女の車に久しぶりで乗せていただいた。 運転するのも、大丸まで行くのも久しぶりだと仰る。 怖い?
乗っけて頂くので文句は言えないけれど、彼女はブレーキを踏むのがトテモ遅くて、初め前の車にぶつかるのではないか? 信号を無視するのではないか?と気が気ではなかったが、そのうち「ママよ」と思って馴れてきた。
以前私の誕生日にご馳走になって、そのお返しのお誕生日祝いをしていなかったので、今日はそれが一つの目的だった。 外国人とのお付き合いが多いので、物事をはっきり仰るので、何をご馳走したらいいか、迷ったが彼女が選んだポール・ボキューズの店に入って、ランチが可也安くしかもトテモ気に入って頂いて大安心。 その後は従来どうり、お供? 時計コーナーで、電池を入れその待ち時間にブルガリアの文明展を見る。 途中で息切れがするという事で早目に出る。 その後彼女はカシミアのセーターを買い、私は見るだけ。 付いて歩くのも大変。
大丸の地下街も大分変わったので、地下駐車場の入り口を見つけるのと、置いた場所を見つけるのが心配。 私がすべて探す。 次は時計売り場で私が渡した駐車券が無いと大騒ぎ、結局、彼女のコートの中にそれは、あった。
最近、妹達に気を遣わせていることの多い私が今日はトテモ気を遣わなくてはならない羽目になったわけだけれど、家に帰り着いて思ったことはその割には余り疲れなかったのは何故?
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