「いかに、余生を生きるか?」
「あの方は余生を楽しく幸せに送られた」・・とか「さびしい余生だった」とか・・・余生とはあまりにも漠然とした言葉であり、いったい何歳からが、余生なのか?考えてみた。 漠然として、男性は定年で仕事を辞めた後を余生と言うのかな? それでは、女性は夫を送って一人になってからの事を余生と言うのかしら?
八十一才の誕生日を迎えて私はだいぶ以前から当然終息に近い余生を送っていると思っている。 余生にも個人差があることは確かで、その余生のまっただ中にいる私は今、何の不自由もなく、衣、食、住、友人たちにも恵まれ、可なり充実し、幸せな毎日を送れていると、感謝している。 むろん自分でもそれなりの努力もしているつもりではある。
余生を楽しく生き抜きたいと誰もが思っているに違いない。 では、健康に恵まれなくて、早くこの世を去られた方、この度のように、災害で命を奪われた方たちは余生が無かったと考えなければならないのかしら?
運がわるかった・・・だけでは済まされない。
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