今朝の朝日新聞の朝刊に近代製鉄150年というタイトルで ’釜石の鉄、火は消さぬ’という記事が出ていた。
もう直ぐ亡き父の命日。 父は戦後日本製鉄に復帰して八幡製鉄と富士製鉄に分離された時富士製鉄に行き、1950年台に釜石製鉄所の所長をしていた。 その頃は鉄全盛の時代だった。 溶鉱炉の火も赤々と燃えていた。 製鉄所の側に溶鉱炉の燃えカスの山が日に日に高くなっていた。
その後1970年に八幡製鉄所と富士製鉄所が合併して今の新日本製鉄所となったわけで、父は既に引退していた。
時々テレビなどで見る釜石は単なる漁港に戻って、聞くところによるとキノコを作っているらしい・・・と言う話を耳にした。 ところが今日の記事によれば、21世紀に入って、中国、印度などの新興経済国の発展に伴い鉄鋼が世界的な規模で伸び、釜石が作りつずけていた線鉄なるものがタイヤに埋め込む補強材として世界のタイヤメーカーに出荷するのだそうだ。
この記事による、官営八幡製鉄所が八幡に操業を開始したころ私達の母親の父、すなわち母方の祖父は、官営八幡製鉄所の経理部長をしていたと聞く。 そしてその記事によれば1934年に八幡や釜石の製鉄所を母体に日本製鉄が創立された・・・とある。
「お父様! 釜石つぶれてなくてよかったわネ!」 私は仏壇に向かって言った。
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