2009年3月18日水曜日

志村坂上

昨日の’ちい散歩’で志村坂上を歩くと言うので、最近のアノ辺りはどのような状況か興味をもって見た。
彼は先ず小豆沢辺りを歩き古い店を訪ねた。 私の印象に強く残っている小豆沢辺りはB29の来襲で焼け野原になっていて側を通りながら焼け焦げた異臭と多分その辺りには亡くなった方もあっただろうと思いながら歩いた記憶がある。 
その頃私は埼玉県の戸田市に住んでいた。 志村坂上は、そこから東京と埼玉との境の戸田橋を渡って行くバスが出るところだった。(無論それは戦争後のこと)

地井さんが歩かれた志村坂上辺りは私が通り過ぎた50年以上も前の頃を思わせる処は見られたなった。 ただ一里塚はあったかな? 志村坂上から西台?のほうに30分以上も歩いて女学校時代のお友達をお訪ねした事も何度かあったけれど、それらしい坂道はあったように見えた。  その辺りは今はマンションが建っているのだろう。

アノ辺りは私にとってはいい思いでは少しも無い。 志村坂上で戸田橋方面まで行くバスを何時間も待って、待って遂に歩いて志村橋を越えて戸田橋を渡って家まで帰った辛い思い出だけが残る。 志村坂上まで歩いて更に学校まで歩いて行ったことも何度かある。 ただその道は赤土の山、ソコに掘られた防空壕、たんぽぽ、自然に咲く草花はもう一方で見た空襲下の焼け跡とは違って優しい自然だったと思う。 

十年一昔というけれど、五十年以上も過ぎれば跡形もなく変わってしまうのも道理かなと改めて感じた次第。

1 件のコメント:

hanachan さんのコメント...

”志村坂上”につられて私も見ました。
一里塚があった程度で全然懐かしくはなかったですね。すっかり変わっているのでしょうね。
あまりいい思い出もないし遠い過去かしら・・・