2012年5月27日日曜日

凛ちゃんの四十九日

速いような、長い日にちが過ぎたような、昨日は凜ちゃんちゃんの四十九日法要の日。

大宮の古いお寺で、近しい親戚が集まって、凜ちゃんとの最後のお別れの法要が行われた。   両親も少しは落ち着いた感じだったが、たぶん悲しみは、日々募ることだろう。  

その後、大宮のお寿司やさんで精進落としの会食があり、凜太郎ちゃんのお姉ちゃまも従姉妹の英里ちゃん、里彩ちゃん達と楽しそうに遊んでいた。  おねえちゃまもお家に帰ったら淋しくなるだろうな~と思われた。
、三人の娘たちは僧侶の読経の時もそのあとの難しい講話の時も身じろぎもせずにおとなしく聞いていたのには感心した。

帰りの車の中で、リサちゃんが「大ばば(私は彼女らに、そう呼ばれている)これあげる、と車の中で一生懸命書いたと思われる紙切れを渡された。  たどたどしい字でこう書いてあった・・「おおばばへ(ハート・マーク 今日はー(ハート・マーク)りんちゃんが いっちゃう(ハート・マーク)からさみしいね りさより・・・とある。 帰宅してそれを見て、また涙した。

過ぎし日に小さな棺に入った凛ちゃんが、扉の中に入り、その後お骨になって、皆でお骨ひろいをしたことも覚えているのかしら?  何とも残酷なことだと思い、彼女は彼女なりの理解を一生懸命しているのだろうか?

2012年5月20日日曜日

偶然なのかしら?

先日、女学校時代から仲良くさせていただいたお友達から、ピンクの洋服を着たかわいらしい天使のステンドグラスのお人形が送らて来た。(彼女のステンドグラス制作術はトテモすばらしいものだ。) 

私のお誕生祝にしては早すぎるし? 昨年、亡くなられた彼女のご主人さまにお参りした時の’お返しに” 時間をかけてお作り頂きお送りくださったものと解釈していた。  その天使はピンクのドレスを着て、手に花束を持ち背中に羽をつけて、裾は風になびいて、今飛び立たつ・・・という感じだったので、そのかわいらしさと、丁度今天国に飛び発とうとしている凜太郎ちゃんを結び付けて私は思わず涙した。

凛ちゃんもこんな可愛らしいガール・フレンドと一緒だったら・・・と思い彼の写真の傍の壁にかけた。
友人のホントの思いは?  とりあえず私は自分の解釈を正しいと考えた。  少なくとも49日が過ぎるまでこのままにしておくつもり。 彼女もそのことを認めてくださるだろうと信じて・・・。

2012年5月13日日曜日

母の日・自治会総会・料理教室

母の日は母になれなかった私には残念ながら無縁。
  
久が原南自治会の総会は年に一度の事、しかも私は過去15年間も(その頃は会長もはっきりしなかったので)式次第の作成、衛生整備部担当の副会長としての報告等々緊張した何年かを過ごした。

最近は男性の副会長も増えて、パソコンから壁の画面に年間の収支報告を映し出して説明をしたり、かなり現代的?になってきた。 総会への出席者の数も増えたし、質問の内容も的確になってきたと思う。 11時半から料理教室の生徒さんたちがいらっしゃるので、総会が無事に終わることを祈った。 ただ、担当部門の副会長の報告が印刷物を読み上げるだけだったのには私の担当だった部門だけに、やや、不満。

時間を気にしながら、久しぶりにお会いした方々とゆっくる話す間もなく、お頼まれしていた議事録署名人の欄に署名・捺印して部屋を出ようとしたら、会員のお一人が「高峰秀子の流儀」という分厚い本を「これお読みになって下さい」と差し出され、もう一人の友人も「私もお貸ししたいと思ってました」とお二人で競い合っていらっした。

 私はそれより11時半近くになってしまったので、料理教室の生徒さんをお待たせしては・・・という焦りがあって、貸してくださった方のお名前も知らない。 「お持ちください!」とやや強引に競って渡され、一方、私は議事録署名人にされているので、署名・捺印をしなければならず、時間を気にしながら焦りまくった。
逃げるように帰宅して、5分ほどたって生徒さん達がいらっしてほっとした。