2009年8月9日日曜日

あれから、もう六十四年?

先ほど驚くほど大きな地震があった。  一人でいる私はそんな時どうしたらいいか分からなくって、とりあえずテーブルの下にもぐった。 皆さまは普通どうなさいます?  一瞬の出来事にあわててする行動が時に命を奪われたり大変な目に逢うことになる。

先の戦争でもそんなことがアチコチで起きた。 単に運が良かったから・・・とだけは言い得ない事が六十四年前の長崎でも起きた。  この季節になると、私は私の記憶の中に残っている私の経験を思い出しながら文字にしておこうと思う。 時にはダブって書くこともあるかもしれないし、未だ十五歳だった私には理解できないことが沢山あった。  


ところで、この日長崎に落とされた原爆については、新聞には余り詳しくは報じられなかったように思う。 広島に落とされた原爆についても、朝刊(その頃は夕刊は紙不足で発刊されなかった、と記憶する) に写真もなく、新型爆弾か?との見出しで記事も少なかった。  

親たちも事情は分lかっていなかったようだった。  何となく何かが終わりに近ずいた感じで、 よくいわれていたように、また時々実際に訓練されていたように、竹棒で敵と戦うなんてことは、先ず不可能だということだけは、口には出さなかったとしても、誰もが分かっていたにちがいなかった。  ただ、誰もが今日は生きていた! 明日の空襲では、誰がどうなるか?・・・・と思っていたに違いなかった。

  敵機が撒いていった”ビラ”も読むな!と言われていても、誰もがキッと、チラッとは見ていたに違いなかった。  幼稚な日本語で印刷されていたビラはもったいぶって報じられた「大本営発表!」より信じられそうな気がしたりしたのは、私だけではなかったと思う。 

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