以前は’青山学院専門部英文科”のクラス会は三年に一回の割合で開きましょう・・・と卒業時の約束だった。 そしてこれまでは台湾系出身のお友だちが中心になってすべてを決めてくださっていたので、私達は、ただ、出席をすればいい・・という立場だったけれど、昨年のクラス会の前日に日本橋の高島屋で、倒れられそのあとしばらく入院された後、あっけなく亡くなってしまった。
今年はほとんどのお友だちが八十歳になられるので、今年で最後にしようと、いうことで、今まで世話役をしたことがなかった、私を含める四人が世話役を引き受ける羽目になった。 今、急に思い出したことは、
四十年くらい前、その友人が豪邸?を建てた時、そのお宅でクラス会をして、私は彼女のために、招いたお友だちのために巻きずしや前菜など作ってあげたことがあったっけ。 無論何のお礼もなしだった。
私たちは、戦後、三年目の英文科のクラスだったので、学生の数は5五十人だった。 その後二年生のころ昭和女子大から五人ほど編入学生があったりで、卒業時は七十人ほどだったけれど、今度名簿を見るとお亡くなりになった方々、海外サ在住者などを除くと五十七人になっていた。
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