あれから~もう30年以上も経過したのかしら? 夫が体を壊すまで働き、半生を尽くし、今はすっかり跡形もなく変わってしまった東宝株式会社の日本劇場。(日劇)については、今は相手の年齢を考えながら話をしなければ、通じない事も多い。
あの頃の日劇はニュヨークのカーネギー・ホールのように(今はそうでもないのかも)歌手・タレント達の登竜門だった。 未だテレビが今ほど発達していなかったので、例のロカべりー・ブームも日劇から始まり、夫はその時プロデユースをして、海外公演に出かけたのだった。 裏話も色々ある。 自慢話も・・・。思い出したくないことも・・・。
春・秋のおどりは可也のものだったと思う。 その後パリのフォリー・ベルジェールと比べても決して見劣りはしなかっただろうと今だから私は思う。
これからいよいよ、本題にはいるのだが、今日あだ名を天丼と言われていたトップ男性歌手から手紙が来た。
彼は踊り子さんの一人と結婚して男のお子様独り授かりその方はベルリンにいらっしゃるとか。 彼も唄を教えながら生活をしていらっしゃる。御手紙の中に、懐かしい名前の方々が亡くなってしまったのを知った。
妹がフアンになって楽屋を訪ねていた ビー玉、夫が育て上げてスターにしたM.Kさん、トップダンサーだったH.Sさん、素敵な振付師で当時週刊誌に大きき出たAさんなどなど。 家内も古希を迎え・・・と、時は経ったのだな~と改めて時のすぎるのの速さを思い、しばらくお一人お一人を懐かしく又亡くなった方々の御冥福を祈った。
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