2010年3月25日木曜日

少し遅れましたが・・・

先週の土曜日、何時も朝食をとりながら見ている神田正輝司会の“旅サラダ”という番組で池内淳子さんが尊敬している松本清張さんの生地、北九州市の小倉を訪ねるという。 何とも懐かしい! と言う私は北九州市の八幡で生まれ12歳まで住んでいたから・・・。

と言っても、それは戦前のことで、どんなに変わってしまっているのかしら?と画面を見つめた。 小倉では魚町というのが一番賑やかで・・・と思いだしていたら、魚町が画面に出た。 その頃同居していた父の養母が(父が養子として当時の中学校時代に面倒を見てもらったらしい)私をトテモ可愛がってくれて、口癖のように「今度、小倉へ行って湖月堂の栗まんじゅうを買ってくる・・・」と言っていたけれど、私の記憶の中では、それは実現していなかった。  その懐かしの?まさしく、湖月堂の栗まんじゅうが画面に出た。 「出た!」私は思わず叫んでしまった。 無論、どこのお菓子やさんでも求める事が出来るものではあっても、祖母が言っていたように、小倉の栗まんじゅうは有名なんだ! と私は今更のようにその頃を思い出していた。

 栗まんじゅうの代わりに私が祖母からもらったものは周りにお砂糖をまぶした飴玉だった。 それも、母や当時のね~や(お手伝いさん)に隠すように渡してくれた。 少し迷惑だったけれど、私は二人に隠して飴をなめた。

70年以上も前の記憶が戻って来て、小倉の魚町のお祭りの山車が子供心に怖かったこと、東京に行くために門司駅で沢山のバナナ売りの列をかき分けるようにして当時の特急’つばめ’の寝台車に乗ったこと、思いだは次々とそれこそ、文字通り走馬灯のように頭を廻り廻った。 

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