2008年11月28日金曜日

自治会のバス旅行

毎年秋に行われる自治会のバス旅行は今年は横浜の三渓園と保土ヶ谷近くにある海洋研究開発機構の見学という。

9時に自治会館を出発、なんとも聞きなれない海洋開発とは?着いて分かった事は自治会の防災部で活躍してくださっている男性がお勤めなのと、この旅行の主催が自治会文化部なので、観光だけでなく美術館見学などの文化的な見学を入れることになっている。

バスが久が原を出るころから小雨が降ってきて、この旅行始まって始めての事と、心配したがさほどの事も無く、海洋研究開発機構という私どもにはやや聞きなれない研究所に着いた。 入ってみて驚いたのはその設備と建物の広さ、清潔さだった。 一同いぶかしげに建物に入り、自治会委員の男性の説明を聞いて、暗い部屋荷は入り、スクリーンに写されたのは深海探索船が深海6500mにもぐり深海の生物(魚)を写し、地球の底と言うか芯を探り。地球の汚染なども研究しながら今後の地球についてしらべ、天気予報、台風の進路なども適切に調べ公開する事が出来る。 

別の大きな部屋には地球シュミレーターが沢山並んでいて昼夜休むことなく稼動している様子を見せてくれた。  科学に弱い私は分かったような分からなかったような、だだ感心してこういう世界もあるんだ・・と思った。 何人か同道した男性方は可也興味を持った方方もあったようだった。

その後、目的の三渓園に着いて直ぐ昼食。 和菓子と抹茶の接待があり三々五々の自由散策となった。 私は来たのは初めてだったので、アチコチお友達と一緒に歩き回り大きな池、合掌造の古い建物、真黄色に色ずいた大銀杏、紅葉の下を歩き回ってお友達が写真を撮ってくださった。この三渓園は生糸で財をなした原三渓の屋敷だったそうで、 お天気だったらもっと色々楽しめたのに・・・。 

その後横浜の赤レンガ倉庫、山下公園などと市内を回って、久が原に着いたのは午後四時前だった。

2008年11月23日日曜日

昨日のつずき・・・ドイツ村

昨日のバス旅行のメイン、養老渓谷散策で思ったほど紅葉が進んでなく、多分同行の皆様も欲求不満気味だったと思う。 私は当初から若しかしたら、最後のドイツ村のクリスマス、ニュー・イャーのイルミネィションが今回のハイライトではないかと、密かに思っていた。 私の予感は当たった。 

バスが富津市を出て、木更津方面に向かい、袖ヶ浦ICから少し行った所で、辺りもすっかり暗くなり、遠方に信じられないほどの色とりどりのイルミネーションが見え、近ずくに従ってブルーの池、レインボー・アーチ、流星群、などが見られた。 丘の上には赤いイルミネーションの館があり、その裏の坂は芝生なので、小さな子供も転んでも危なくないようだ。  与えられた時間は40分なので、アチコチ行くことは出来なかったが、英里ちゃん、里彩ちゃん達が来たら、さぞ喜んで駆け回るだろうな思った。 昨日は可也暖かかったのと連休初日だったので、パパとママが子供を連れて訪れている数が多かった。 ただ、入場料金 大人1、200円はやや高いかな?

連休で高速道路は可也混み合っていて、出発時夕食のお弁当を予約しておいてよかった、とお友達と話した。 バス旅行も以前は食事つきだったけれど経費節約か?お昼一食しかつかず、夕食はオプシヨンとなった。 蒲田着は午後9時すぎだった。 好天気が今日の一番の贈り物!

2008年11月22日土曜日

連休中の行楽地

今年は紅葉の時期が少し遅いと思っていたが、結局、連休中の今日しかなく、待望の養老渓谷に行くことにした。
何時ものように個人的に行く方法を考えたけれど難しそうだったので、以前時々利用していたクラブツーリズムに応募した。 

蒲田駅午前9時集合で、案の定、養老渓谷への道路はかなり混み合ってこいた。 途中お昼にはお結びと少しのおかずつき。 ただ以前は確かお茶のサービスがあった気がしたけれど・・・・。 養老渓谷の紅葉はまだ早すぎた。 河を渡る為に置かれた飛び石を何度も飛び越えるので、バランスの悪い私はトテモ怖かった。
しばらく車でそれでも、道中何本かの紅葉を眺めながら亀山湖という可也大きな湖で止まり、次におみやげ物を買うために立ち寄った場所に近ずくにつれて、私はトテモ驚いた。 のこぎり山を遠くに望む富津市という海岸沿いの店なのだけれど、その海岸は思い起こせば(少し大げさかな?)戦前、私が板橋の小学校の六年生の時、つまり今から70年以上も前の夏休みの臨海学級で10日間過ごした海浜だったのだ。
 
その頃はひなびた海浜で左手にのこぎり山があって、その浜辺には今ではトテモ信じられないことながら、朝早く起きて浜に行くと、黄色、ピンク、白などの直径二センチほどのそれは信じられないほど美しい桜貝が散らばっていたもので、それを拾うのが楽しく、朝早起きをして浜に行ったものだった。

今夜はここまで・・・。、今、TBSテレビの大スクープ! 外のチャンネルではどのチャンネルでも未だ報じていない・安住アナは又これで名を挙げるだろう。 例の犯人が麹町警察署に自首したことを落ち着いて報じている。

2008年11月19日水曜日

医院のはしご

午前中はジム。 相変わらず何時もウオーキング・マシンで張り合っているお二人が私の動きを気にしていらっしゃるのを意識しながら、一人の方としばらく付き合ってお話し、私は私なりのマシンをこなす。 案の定、もうひとりの方がウオ―キング・マシンを終えられて、紙切れを持って私に近ずいて来られた。
私にとり飯の作り方を教わりたいという事だと思った。  先日その方のお宅へ行った時鶏飯を作って行き、それがお気にいって?明日アメリカから久しぶりで帰国なさるご主人のために作りたいということだった。 私は時々、両方にいい子で居る事に苦痛を感じるので、時間をずらしたりしている。 何で私が・・・。 「お二人、揃われると気を使うわ」とインストラクターのKさんに言うと「お察しします」と彼は理解してくださっているようだ。

今日はジムの後思い立つて、眼医者さんに行った。 「相変わらず伊藤さんの眼は1.0と、よく見えますね~60代の眼です」と満足そうに仰る。白内障の氣も無いし、眼底もきれいですと言われて嬉しかった。 
気をよくして、先日から気になっていた歯医者さんに予約を取ろうと、受付に行った所、今日これからでも大丈夫ですよ、と受付の方の応えで、そのまま、待つ事にした。 昨年の11月にいらっしてくださいましたね、と先生はお喜びの感じ。 とても優しく物静かな先生だと思っていたが、今日はトテモよく話してくださった。 私の口腔は上顎がカタチよく丸く口腔の巾も広いので、入れ歯がトテモ作りやすいのです・・・と仰った。 二つの医院で、今日は先生からお褒めの言葉を頂いて、これはある意味親に感謝かな?と思った。

2008年11月18日火曜日

六本木辺り

昨夕、御近所のお友達のご主人が箱根に泊りがけで友人と紅葉狩りに行って留守だというので、突然思い立って六本木のミッドタウンの”ライトアップ”を見に行こう、ということになった。 
午後四時ごろには薄暗くなって、ライトアップされるということだったので、午後三時半ころに家を出て、バスで五反田に行き、そこから又バスで六本木の森ビルに着く。 予定ではそこから所謂”チー・バス”でミッド・タウンに行くのだけれど、私は赤坂辺りを少し歩いてみたくて、途中でバスを降りた。 ところが森ビルまで歩いて行って、チー・バスに乗る場所をそこで働いている方、通りがかりの方に聞いても、マチマチの返事で、要領を得ず、このビルの設計に問題ありと見た。 

ようやくの思いでミッドタウンに行き着いて、そこで夕食を頂き外に出たら、周りの木にブルーの電飾がつきトテモ綺麗だった。 帰り道はミッドタウンの案内の女性にチー・バスの停留所をよ~く尋ねた。 バスを待っている間に通行人が「ここは元防衛庁だったんだよね」と言っているのを聞いて、ようやくこのビルの建つ以前のことに気が付いた。 まだ夫が東宝に勤めていたころ、私達の記念日に、(待ち合わせ場所として、よく利用されていた)六本木の’アマンド’で待ち合わせ、当時少なかったイタリアンなどに行き、その帰り道、防衛庁の裏口近くにあった‘ビー玉‘という今で言うレストラン・バーに寄ってウイスキーを1,2杯飲んだことがあった。 ビー玉は以前日劇の男性ナンバ―ワンの踊り手で(下の妹がフアンだった)当時は地の利がよかったので、作家の五木さん俳優さんたち、私が会ったのは越路吹雪さんのヘヤ―・デザイナーだった方、新劇俳優さんなど・・・・。 思い出を友人に話しているうちにチー・バスが来た。

少し長くなったけれど・・・そのバスは六本木のアマンドがある交差店を過ぎて、そのまま赤坂方面まで行き、その後、赤坂小学校、赤坂見附を過ぎて六本木からだんだん離れてきた。 そのうち赤坂プリンスホテル(ホテルの壁にクリスマス・ツリーが画いてある} ホテルニュー・大谷、赤坂御所、遂には青山一丁目。 お友達は「夜の東京めぐり」と私の焦りを気にせず、楽しんでいる。
これから、何処へ行く?私は気が気ではなく、ドコで降りればいいのか焦りまくる。 そのうち又同じ道に戻る。

私が余り気にしているので友人は運転手さんに訊きに行ってくれた。 結局は森ビルが終点だった。 「たった100円で伊藤さんの説明つきで夜の東京見物が出来て、よかった!」と大喜び、私は疲れ果てた。 

2008年11月14日金曜日

十一月十二日のコンサート

昨日、ニューヨークの励ちゃんのコンサートについて長々とブログに書き込んだのに、消えてしまって、書き替える気にならず一日経ってしまった。    改めて・・・・。

今回のコンサートはウイーク・ディだった所為か、当初彼の伯父の仁ちゃんが心配していたが、80パーセント位のの入りで、まずまずだったと思う。  イザイの生誕150周年を記念してと謳っている所為もあって、全部で10曲の演奏の内イザイのものが6曲だった。  日本ではイザイは余りポピュラーではなく、外の方の演奏は聴いたことがないが、励ちゃんはさすがジュリアードを主席で卒業したということと、イザイの研究家だということで、その技術は大変優れていた、と思う。 ただ、どの曲も同じように私には、聞える。 以前どちらかと言うと玄人好み・・・という批評があったがイザイの曲はどれも、衿を立てて緊張して聞く、と言う感じが否めない。

 「彼はエンターティナーではないね」という声とかその技術的なことについて、特に左の指の動きを感心している声があった。 所謂玄人らしい男性が一人で来て、熱心に聴き入っていらっしゃる・・・という方を何人か見た。
何時も遠くから励ちゃんのコンサートに来てくださる、妹のお友達が「一度、オーケストラとの演奏を聴いて見たいわ」と仰った。 私はパガニーニのものを聴いて見たい!と思っている。 

一昨日は雨も夜には止んで、寒さも左程厳しくなかったが、大分遅くなったので、途中からタクシーを拾って、家に着いたのは10時半だった。

2008年11月13日木曜日

2008年11月11日火曜日

胡蝶蘭

京都の妹の夫が旭日中授賞を受けるので、色々な方方から祝電やお花が送られてきて、可也の大きな家でも、沢山の胡蝶蘭のプレゼントに置き場に困って、妹と私宅へ回送してくれた。 

昨日、宅急便業者から電話があって、その花の鉢が今時のエコ車に載り切れず、指定の時間より早めに持っていっていいか?と可也強引な電話があった。 その声も感じのいいものではなかった。  そちらが指定した午後四時、車が止まって業者が鉢の箱を下ろすのを見て、初めて、これは大変!と私は思った。 家の中に持ち入れる大きさではない、と見た。  
ガレージでは可也みっともないので、とりあえず玄関への道へ入れてもらった。 その箱は有に大人一人が入れるほどの大きさだった。  それから30分以上も掛って箱を解体し、花の鉢を取り出し、翌日が資源ごみの収集日だったので、箱をつぶし私のこの重い身体で、押しをしてその後椅子の下に敷いて更につぶして紐で結わえてホッとした。 所用時間は30分以上。 つまり、翌日は粗大ゴミの収集なので、早く起きてゴミ捨て場に運ぶ。 今日は更に亡夫が使っていたゴルフセット二組も出すので、異常に緊張したが、無事ごみ捨て完了!

その上、お昼を、この春ニューヨークから来ていた英美ちゃんが在日中お茶のご指導、歌舞伎や能などへ道をつけて下さった妹のお茶の先輩に、お世話になった御礼として、フランス料理をご馳走することに決めていて、実は夏前にと思っていたのがその先輩が脚を痛められて、ようやく今日果たせる事になったのだった。
待ち合わせ場所を間違えられて三十分も御待ちしたけれど、お料理をトテモ気に入って喜んでくださり、ホッとした。 その先輩はお話し好きな方で、色々お話しが尽きず、実は少々疲れた。 その後近くのデパートで高嶺の花のお茶道具、塗り物、器などを見て目の保養をした。

2008年11月9日日曜日

得意分親でセーブマネー?

昨日ジムの友人宅に突然お呼ばれして、ご挨拶に持っていくものも、買いに行く時間もなく、考えた挙句「鶏飯を持っていくわ」と友人に言っておいた。 友人はウオーキング・マシンを降りて私を追いかけてきて「どうせお昼を頂かなければならないので、私はお寿司を少し取っておくので、ご一緒にお昼しましょうよ」と言われた。  お昼が遅くなるのは嫌だったけれど、以前からお寿司、お寿司と仰っているので、お言葉に甘えた。 お掃除は得意なようだったけれど、そのお友達はお料理は不得意のようだったので、私も考えあぐんで、前の晩の鶏飯の種が残っているのを思い出したからだ。 ご飯を炊いて、錦糸玉子を作ってどうやらカタチが出来た。 二人の友人はトテモ喜んで下さった。 昨夜はお昼が遅かった上、家に着いたらベルが鳴って、お習字でご一緒のお友達が生烏賊と柿を白味噌で和えたものをお届けくださったので、それだけ頂いた。 よその方のお料理は思いもかけない、献立で参考になるし、美味しく頂いた。

昨日の鶏飯も冷蔵庫を漁ってごぼう、人参、とり、椎茸などで沢山出来てしまったものだった。 また今日は、買いもに行くのが億劫になったので、冷凍庫を見て、鯛の切り身、豚肉のうす切り三枚で鯛は昆布出汁を取って葱、春菊などを入れ、たっぷりのお汁を作り、豚肉はニンニク、キャベツ、一つだけ残っていたピーマンを入れて炒め、黒みそで中華風に仕上げた。 その他に買い置きのモズクの酢の物などで多分栄養的にも充分だと自負している。 献立を考えるのは少し忘れ易くなっている脳の活性化に役立つかしら? 多分買い物に出たとすれば余計なものを買ってきてしまうだろうから、可也セーブマネーで来たことは確かだ。

2008年11月8日土曜日

好かれても・・・

今朝少し寝過ごして、慌ててゴミ出しをして、少し遅めに朝食をとっていたら、8時半に電話が鳴った。 こんなに早く・・・と訝りながら電話をとったらジムで、周りの方方から少し敬遠されている方からのものだった。 先日も「どうしたら、貴女に家に来ていただけるの?」と言われて返事に窮した事があった。 そして、私が時々行き来しているお友達もご一緒にいらっして、とのお誘い。  その方にお電話してみたら行ってもいい、と仰るので、健美操を終えて、そのお友達と一緒にお訪ねした。 前以て、ジムの方達の話を避けるよう、打ち合わせた。

そちらのお宅はお掃除摩と仰っているとおり、お家の前の道路からお玄関、応接間に至るまでピカピカ! お玄関先には先日は雪舟の掛け軸だったけれど、今日は備前焼きの、何やら高価そうな壷が飾ってあり、お軸も古めかしいものが掛けてあった。 応接間に入るまでに色々ご説明があって、今日はお昼をご馳走してくださるという事で、食卓には古いお盆、お皿、お碗などがそろえてあった。 彼女のご実家からのものだ、と仰る。 ご実家は?と聞くと、京都よ、と仰る。 何しろ凄いお金持ちらしい? お琴の間があって、お琴が二竿置いてあり、三味線も、それらを収める京塗りの入れ物があり、講釈も多い。 何故こんなにお金持ちなのかしら?と知りたくなるのを、抑える。

ご自分が出演なさった地唄舞のテープを見せてくださる。 三味線を弾きながらの歌声は、ホント、貴女?を言いたくなるほどお見事! ご一緒したお友達も褒め上手なので、彼女もご機嫌、ご満足だったご様子。 お家を出てからそのお友達も楽しかったわ、と仰ったのでホッとした。 

2008年11月3日月曜日

文化の日

最近、今日は連休になってしまうので、今日は何の祝日だったかしら?と考えてしまう。 
今朝の新聞を開いてみて、義弟がこの秋の叙勲で「旭日中授賞」授と言うのが正確には糸偏・・・を受けるので、新聞で確かめた。 確かに載っていた。 京都の新聞では大きな写真入で載っていた。 今日は文化の日だら・・・。 義弟はその前に中国政府から勲章を受けるために妹同道で上海からもどってきたばかり。 勲章を受けると言うのは大変名誉な事ではあるが、その式典に出るための服装を揃えるのが一苦労だったようだ。  その上、中旬にはスペイン国王が来日されて、京都を訪れると言う。 こんなに良いことが重なると反って心配になる・・・と義弟は言っている。

今日は妹夫妻と姪夫妻が上京していて、近所のフランス料理店に私も招待された。 これでは反対では? 二人の話しによると、今朝京都を発つ前、何十通もの電報がアチコチから来て、お花が{主に胡蝶蘭)が何十鉢も届いた由。
そして、近所のお寿司やさんからは沢山のお寿司が・・・。  近ければお花もいただけるのにね~・・・と妹と話した。  近くのフレンチレストランでもシェフが「おめでとうございます!」と言ってくれた。 

2008年11月2日日曜日

昨日と一昨日と・・・。

最近はやたら連休が多いと思う。 私達の夫達が働いていた頃は無論土曜日は休みではなく、私の夫などは日曜日までも出勤しなければならなかったり、働きすぎのまま身体も使い果たした向きがある。

ところで、一昨日は下の妹の友人で妹と私が仲立ちして結婚した方が5年くらいも前から鬱症状になり、最近ようやく、親しい人だけに会いたいと言うことで、妹とそのお友達とその方の妹さんとの総勢5人で昼食をすることになった。  妹と私は一度彼女のご家族に招かれて夕食をご一緒した。 その折に比べて大分回復されたようだったが、私は気を遣い過ぎたので、血圧が上昇して可也気分が悪くなってしまった。

その日は妹宅に泊めてもらう事になっていたので、とりあえず落ち着く事が出来た。 考えてみたら私も、若しかしたら周りに慰めていただいても良い年齢なのになあ~、それでも、まだ回りを慰められる状態なのは幸せと思うべきなのかも?

翌日の午後は三ヶ月ぶりで英里ちゃん里彩ちゃん家族に会った。  子供は三ヶ月会わないとずい分色々な点で成長しているのに驚かされる。 特に下の里彩ちゃんは前は単語で話をしていたのが、完全に文章で話し、理解力もずい分増してきていた。 妹と幹ちゃんが夕食の用意をしてくれている間、子供たちと久しぶりで遊んでいて、そのうちこちらが遊んでもらっている感覚になって来た。 女の子の遊びは男の子の遊びと比べてかなりバラエティがあるのを感じた。 何十年も前、彼女らの伯父さまと遊んであげて以来のことかしらネ?  その頃はレゴとかミニ・カー遊びが主だった様な気がする。 ともかく邪心がなく夢中で遊ぶのを見るのは楽しい事。