2008年8月3日日曜日

原爆63年目の真実、について

昨夜のテレビ朝日のドキュメンタリー形式の開局50周年特番「爆心地でほほえむ少女」について私は色々の思いを持った。 廣島の原爆については今までにも可也色々な報道がされていて、私の夫の親戚が廣島で受けた被爆についての話しなども聞いてきたし、廣島を訪れて原爆記念館にも行ったし、すざましい当時の話を夫の従兄たちから聞いたこともある。
  
廣島に原爆が落とされた後、当初は北九州の小倉に焦点を定めていたけれど、空が曇っていたので、長崎を襲撃することになったそうだ。 ともかく、二箇所に原爆を落とされることを避けることは出来なかったのだろうか? 先ずその事を残念に思うのは私だけではないだろうと思う。 長崎はまだ行ったことはなかったけれど、坂の多いそれでも何となく情緒のある都市のように思われる。 「爆心地で微笑む少女」について放送される前に何度もその情景が放送されていて、その美しい少女が、原爆を受けた後何故微笑んでいるのか? 微笑まされているのか? その応えはなかった。

 子供を背負ったその少女を訪ねて、石原さとみというタレントが長崎を訪れた。 その写真はアメリカ人のダニエル・マクガバンという人で、故人であった。 長崎の爆心地の辺りの建物から、小学校が分かりその小学校にあった古い写真からその少女の兄弟を探し出し、遂にはその少女に会うことが出来た。 

私が特に強い関心を持ったことの一つはその少女が多分私と同じ年ではないか、ということとその少女が、多分アメリカ人と思われる相手に何かをもらって満面の笑みを浮かべてお礼を言っている姿を自分に移し代えて見たからだ。
見付かったその少女はやはり、今78歳だった。 すっかり腰が曲がっていて、歩くのもたどたどしい様子だったけれど、今でもとても綺麗な老婦人だった。 

以前書いたことがあったと思うけれど、私も終戦後、駐留のために川越街道を通ったアメリカ軍人から、チョコレートやチュ―イン・ガムなどをもらって妹達や母を喜ばせようとの思いに誇りを捨てたことがあった。 あの少女のアノ笑顔も促がされたものばかりではないものもあっただろう。 あの画面ではその答えは無かった。

0 件のコメント: