2008年6月30日月曜日

風と共に去りぬ

マーガレット・ミッチエルの”風と共に去りぬ’は私にとっても戦後初めて読んだ長編小説だった。 この本を友人からお借りするために、何日間も順番を待ったものだった。 当時この前・中・下の本を手に入れることは絶無だった。(今の方方には信じられないことだろうけれど・・・

病院でKさんと映画の話になり、私はそのヒロインのヴィヴィアン・りーの大フアンだったこともあり、K氏と長い時間をかけてその話をした。 私は二度も映画を見たことを話し、彼は戦騒末期東大の講堂でその映画が上映されたという嘘のような本当の話をしてくださった。 その映画は途中15分間の休憩を設けて続けられた。 二度目にその映画を見たとき、余り気の進まなかったお見合いをすっつぽかして、伯母さまに酷く叱られたことがあった。 
ヒロインのスカーレットの様な生き方をしたいとは思わないし、私はそんなに強くはない。 だだ、彼も書いているように「また、明日、考えよう!」と言う部分私の中にもあるかもしれない。

彼の新聞のエッセーは正に「空襲下の風と共に去りぬ」が題名だった。 この文の中で彼はアメリカ留学中に求めた「GONE WITH THE WIND」1084ページを読むことを医師に願い出てようやく許されたと、そしてそのために目が悪くなって眼鏡をかけるハメになった、とある。 新聞に載っている彼の写真は眼鏡をかけて優しい微笑みを持った初老の紳士と見えた。  ずい分長い時が過ぎた。 

改めてこの記事を読んでみて、マサカ彼が私を意識して書かれたとは思わないけれど、私の中では「風と共にさりぬ」とKさんとの思い出は、懐かしい青春の一部分として忘れられないことであり、一生心のどこかに閉っておきたいことでもある。 

最後に私は、亡くなった夫と結婚したことを決して後悔しているわけではない。 前にも書いた様にケッコウおもしろい人生だったし、同じような環境に生まれ、育ったと言うことが毎日の生活に不自然なことは無かったと思う。 ただもう少しは長生きしてもらいたかったけれど、妙に潔く逝ってしまったことが残念だし、又今度生まれ変わって結婚したいと思うのは亡くなった夫だと言い切れる。 ただ、私の夫への接し方は変えたい・・・と思う。

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