2008年6月27日金曜日

思い出話

私の思い出話に付き合ってくださって有り難うございます。 

だんだん終局に近ずいて来ました。  彼の叔父さまとのお話しで彼はその頃退院なさってご実家で療養中なので、尋ねて行っては?とのお話があった。 先に書いたように大阪まで8時間かかったのだから彼の生家まではもう2時間くらいはかかりそうだし、泊まるところも考えなければ・・・と私は気が進まなかった。 その前後、彼から小包みが届いた。 開いてみたら白い額に入った花の油絵だった。 正直言って上手とは思えない、どちらかと言うと少し気が小さい、というか神経質な感じの画だった。 彼の義理の叔母さまは画家で、そちらからも油絵を頂いていた。 その画は今でも手元にある。

「終った!」・・・・と私は涙にくれた。 それでもしばらく経ってから予告なしに大阪の本社まで彼を訪ねた。
少し待たされたものの、彼は出て来てくださり、少し待つように言われた。 「行きましょう」と言いながら確か阪急電車で三宮まで行き、洒落たレストランで伊勢海老アメリカンを頂いた。 途中止せばよかったのだけれど、私は或る小説家と縁談がある・・・と言った。 その時「その人だったら一生食うに困らないですよ!」と言われた。
感じが悪かったのは、それまで眼鏡をかけていらっしゃらなかったのに、目立つ黒ぶちの眼鏡をかけ「眼がわるくなった」とわざと言ったこと。 明らかにいやがらせ・・・。 そしてもっと酷い嫌がらせは、帰りの電車で無論大阪駅まで見送って下さると思っていたのに、途中(駅の名前は覚えてないが)「今日、友達に赤ん坊が生まれるので、行かなくてはならないのです」と電車を降りた。 私はお別れの言葉さえ交わせないままだった。 その時は余りピント来なかったのだが、回りの方方が、それはおかしい、友達に子供が生まれるのに行くなんて? と叔父様、叔母様、そして何でもお話しを聞いてくださった、私の大好きな、尊敬する小母さまもそう仰った。

そして、そのおば様が大阪に行って、彼に会って話をしてきてあげる、と仰ってくださった。 その方のご主人様は偶然のことながら、A紙の局長さんだった。 でも、そのことは言わないで彼と話してくる・・・と仰ってそれからしばらくして、大阪へ行ってくださった。 

そのお返事は、おば様のお話によると「トテモ感じよく会って下さり、貴女に好意を持っていらっしゃるのは明らかだったわよ」と、そして「彼女、小説家のMさんと話があるそうじゃないですか?」と仰ったので、私はそう言ったことをトテモ後悔していらっした・・・と言っておいたわよ、と言うことと入院中に東京から訪れる私のことで、病院の中で酷いいじめにあったそうよ、と話してくださった。 多分お医者様からも・・・。 そう言えば、まだ個室に居た時にお医者様が彼を呼び出して、しばらくして病室に戻ってきた彼が「手術をしなければならないかもしれない、と言われたとベッドに横になって、しばらく動けなかったことがあった。

大分、本筋から話が反れてしまったけれど、今度はほんとに書きたかった彼の新聞記事のこと、で完結となる、と思います。

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