五十年以上も前のことなので、はっきりしている所とそうでないところもある。
最初に独りで病院に行った時、彼は東京の叔父さまに会ってくれと言われた。 幸せなことにそのお宅は私のその頃住んでいた所と余り遠くないところにあったので、帰京して母と一緒にお訪ねした。 ご夫妻ともトテモ歓迎してくださり、その後何度もお訪ねすることになる。
確か三度目に病院を訪れた時、彼のお誕生日だった。 時々私はその方の行動でわかりにくいことがあった。 その一つはお誕生祝いにその方がお好きそうな色のネクタイを服部和光で求めて行った。 彼はそのネクタイをご自分の掛け布団の中に抱え込んだ。 他人が入って来て見られるのが嫌なのかな?と私は思った。 もう一つ私はカーネーションの束を持って行った。 大き目の花瓶にはバラの花が入れてあり、私は少し嫌な気がした。 キット誰か女性が・・・と感じた。 棚の上にそれを置こうとしたら余り花が多くて倒れかけた。 彼は両腕で花瓶を抑えようとし、私を挟むことになった。 私は反射的に彼の腕をくぐって逃れた。 そのことを私は、後に何時までも後悔していた。 もう一つは、私がもう帰らなければ・・・というのを引き止めて、「ここに泊ることも出来ますよ。付き添いのためのベッドがあるから・・・」と言った。 今時の女性なら従ったかもしれない。 だけどいまから50年以上も前の私達は、とんでもないことを言う人だ!と思った。 もう一つ病院の側に小高い丘があり、そこへ行こうと誘われて、山に登るとき手を差し伸べてくださったのも断った。 その時撮った写真は今でも手元にあるかな? 今考えるとむしろ私はヘンな女! その時、病室の窓からの見ている幾つかの目も私は少し恐ろしかった。
その辺りで感じていたことは大阪の方方は可也強い東京コンプレックスがあるのかな~と思い、それはしばらく経って、可也決定的な答えとして私は思い知らされる。
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