2008年6月2日月曜日

幸せの考え方

今朝、弟から電話があり、今月から例の老人運転者の義務になる’紅葉‘マークを買いに近所まで来ているので、チョッと顔を見に行く、と言う。 今日はジムもお休みで二階のカタズケをしていたが「寄ったら?」と応える。

時々電話をかけて来るけれど、その度にあつちが痛い、こつちがヘンだ、と体の不調ばかり訴えてくる。 年なのだから仕方がないわよ、と私は応えている。 今日はその紅葉マークが何処へ行っても売り切れで、どうしたらいいか?と困っている様子、家に来て、池上警察に電話してみたら?と電話をかけたが、ここでは取り扱ってないけれど田園調布警察なら免許証も取り扱っているから、あるかもしれないという返事だったらしい。

仏壇にお線香をあげて、お昼でも?と言ったけれどお茶だけ飲んで、そそくさと帰る様子、帰りざま「お姉さまは一人で淋しいでしょう?」と何時も思っている・・・と言う。 彼はこれから帰ってカップ・ラーメンでも食べますと言いながらドイツ製の最高級車に私の頼んだ古新聞を「何かお役に立ちたいと思って」と言いながら軽々と積み込んで行った。

 私は独りで暮らしていることを少しも不幸だとは思っていない。 妹達、甥達の家族、姪達夫妻、そしてご近所やジムで知り合ったお友達と楽しく過ごしている。 負け惜しみなどではなく、自分が淋しいなどと思ったことはない。 敢えて言わせて頂けば、夫が居た頃の方が淋しかったかもしれない。 

幸せということの意味もいろいろで、必ずしも独り暮らしが幸せではないということと決め付ける事はない、と思う。

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