2008年4月25日金曜日

ボケと認知症の違い・・・・?

ボケと認知症のい着いて考えてみた。 ボケはある程度の努力と周りの助けで戻ることがあるが、認知症は、若年性のものもあって、医療にたよるしかなく、それでも遂にはどうしようもなくなったしまうものらしい。 
  
今日書道教室で、昨年秋から心臓病で入院され、その後お庭で転んで手首を骨折なさり、長い間教室を欠席なさっていたお友達が久しぶりで今日から様子を見ながら出席なさることになった。 人数が少ないので皆トテモ喜んだ。

何時ものように、先生が一番に来られ、その方と私が次に来るのが習いとなっている。 そのお友達は私より一つだけ年上なのだけれど「私、まだ完全に良くなってはいないけれど、ボケたから妹が書道に行ったほうがいいわよ」と言ったので・・・」と仰った。 確かに、お月謝のことをトテモ気になさって、三度も「先生、これ受け取って下さい」と先生がご説明なさったのに三度も同じ台詞で白い封筒に入れてあるお月謝を先生に差し出された。 私も少しショックを受けながら聞き流した。 その他には何のことも無くお清書も一番に書いていらっして、安心した。 

年齢を重ねると、色々器官が衰えるらしく、私もその例外ではなく、人様の名前を中中覚えないし、また直ぐ忘れてしまう。 特に数字とか日ずけについては自分のいい加減な性格もプラスして、記憶に留めておくのが中中難しい。 こらは明らかにボケの範ちゅうだと、時々自己嫌悪におちいる。 ボケはこうして始まるのか? 人と付き合ったて話をすることは色々な器官を刺激するので、トテモ大切だと思い、ジムでも多くの方方と話をするように勤めている。 やっぱり年齢の違いによって話題を考えることは可也脳を刺激すると思う。

そう言えば、母が大腸癌で入院した時、回復不可能か、と思われるほどのボケ症状があって、看護士さんたちを困らせ遂には、私達付き添いが帰宅したあとはベッドに縛られている様子だったりしたが、退院してからはまるで嘘のようにほぼ元通りに戻った。 子供、特に娘は容赦なく親を批判したり鍛えたりする。 本人の努力だけでなく、言われて悔しいと思う反発心がボケを止める作用がある気がする。 私は娘も子もないので、周りのお友達に鍛えていただくしかないのかしら?・・・と思っている。

0 件のコメント: