今、テレビで偶然4チャンネルをつけてみたら、’日劇のウエスタン・カーニバル’をやっていた。 50年前に・・・・と言っている。 アレから50年経ったのだ。 1957年亡夫が最初のオーストラリア公演に行っていて、その前の年黒田初子先生に夫を紹介されたまま中中会うことも出来ず、その間今も日劇の歴史に残っている’ウエスタン・カーニヴァル’を企画して渡辺プロに任せて忙しく過ごしていたわけだったことを結婚後しばらくして知らされた。
懐かしい人たちが画面に出ている。 アノ頃は皆、そう言っては失礼ながら、チンピラだった。 前にも書いたけれど、観客が失神したり、テープを投げたり、パンティまでも投げたりしたのは本当?・・・と夫に尋ねたら「モチロンやらせだよ」と応えた。 文春から「天皇陛下に申し訳ない」と言う題材で記事を書いてくれないか・・・と申し込まれたが、会社員なので・・・とお断りした、とも言っていた。
私は楽屋には一度も訪ねた事も無かったが当時中学生だった下の妹は、何度か訪ねたことがあって、ミッキー・カーティス等は決してサインをしない人だったけれど「サインしてやれよ」と言って夫の兄の娘などは部屋に飾って友達達を羨ませていたということもあった。
日劇と言っても60台以前の方はご存知ないだろう。 もうその存在は’歴史’なのだから・・・。 今夫が生きていたら何と言っただろう。 彼はどちらかと言うと働きすぎて早くあの世に行ってしまったわけだけれど、こうして時々育てた人たちとか日劇のことを思い出させて下さるのは、私は何と思ったらいいのかしら?
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