今日は下の妹の60+?回目の誕生日。 丁度京都の妹夫妻も上京していて、義弟が東京宅の近所のフレンチ・レストランでご馳走してくれるということで、私も仲間に入れていただいた。 義弟も1月24日が誕生日なのに、周りにばかりご馳走してくれるやさし人! そこのフレンチはトテモ研究熱心は若いシェフが日本独特の野菜を使って
巧みなフレンチを料理してくれて、何時も感激する。
私は下の妹より12歳も年上なので、彼女の生まれた時のことをよ~く覚えている。 正に第二次世界大戦が(当時は大東亜戦争と言っていた)が始まったばかりで、そろそろ食べ物も少なくなり、配給制になっていた。 産めよ増やせよ・・・という時代だったので、妊産婦には特別な配給があった。 母は自分に配給されたカステラなどを私達子供に分けて食べさせてくれた。 その所為ばかりではなかっただろうけれど、生まれた赤子はトテモ細くて小さかった。 その頃は産婆さんが来て家でお産をするのが、あたりまえのことだった。
上の妹は、父の務めの関係で九州の八幡市で生まれ、私の彼女との初対面は、何と丸々と太って、特に大きい目のあかちゃんで、まるでその頃流行ったキューピーチャンそっくり。 ああ、赤いから赤ちゃんって言うんだ!と思った記憶がある。
ところが下の妹の場合はお世辞にも可愛いとか丸々太った・・・というには程遠い、痩せて、脚などは持ち上げてもへたへたと下に落ちてしまうような赤ちゃんで、寒い季節に生まれた所為か喉がゼイゼイ言って、しわがれた声で力なく泣いていて、子供心にも果たし育つものか?と心配した記憶がある。 今ではそんなことは信じられないほど無事に、健康に育っているわけで、親に感謝!
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