2007年11月24日土曜日

三島由紀夫氏のこと

今日ジムで時々会うボルジブの外交官の方と立ち話をしている中で、私は何時も外国人に強く勧めるのだけれど・・・彼は4年も日本に住んでいるのに名古屋にしか行ったことがないと言う。 京都の話をしたら、京都はGOLDEN TEMPLEとかいう本を読んだことがあるという。 その作家の名前は?・・・と言ったので「三島?」と尋ねたら「そうだ!」と応えた。 彼は4年間パリで大学に行き、その後外交官として2年仕事をしていたと言う。
三島氏の「金閣寺」はフランス語訳がある。

明日は三島由紀夫氏が自殺なさった日だと言う。 その日のことはよく覚えている。 五反田の家から久が原の家に来た時「お姉さま! 三島由紀夫が大変よ!」とたしか下の妹が言った。 嘘のような本当の話。 
私がまだ24,5歳だった頃、三島さんの文士仲間のお一人だった方の奥様にトテモ可愛がって頂いて、10日に一ぺんくらいお宅を訪問してお話をしていた。  何方かジャーナリズムに携わる方を結婚相手として紹介していただきたいという下心があった。 

そして或る日その奥様が「三島由紀夫さんはいかが? トテモいい坊ちゃんよ」と仰った。 偶然その頃三島さんは緑ヶ丘に住んでおられ、私は大岡山に住んでいて、歩いて10分くらいのところで、その頃、京都から来ていた呉服屋さんが三島さん(ご本名は平岡さん)に寄って次は私方に呉服を担いできていた。( その呉服屋さんにYさんも紹介していただいた)その呉服屋さんが私の履歴と写真を平岡家に届けてくれていて、彼の言によれば、文箱にお母様が収めれれました、と言うことだった。  その頃私は一目ぼれでA社の記者さんに夢中だった。 自分では運命の出会い、と思っていた。 ところがその方が結核に冒されて芦屋の病院に入院なさり、今のように東京から大阪まで8時間かかり、電話も直通ではなく一旦切って待つ状態だった。  今日はここまで・・・。疲れました。

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